薬機法 読了 22 分

ハーボニー、2015年 — 薬害肝炎が「治った」日

1988年、山中伸弥の父は名前のないウイルスに倒れた。

2015年9月、その病気は12週間の経口薬で治る病気になった。山中がiPSで世界を変えようとしていたまさにその時、別のルートからC型肝炎は制圧された。

目次 (11 章)
  1. 名前のなかったウイルス、1970-1988年
  2. 山中章三郎の死、1988年
  3. 1989年、ウイルスに名前がついた
  4. インターフェロンの20年
  5. 418人 ── 薬害肝炎被害者の30年
  6. ファーマセット買収、2011年
  7. 2014年ソバルディ、2015年ハーボニー
  8. 救済法とDAA ── 国が感染させ、国が治す
  9. iPSとは別の道で
  10. FAQ
  11. 参考文献

1988年(昭和63年)、大阪府東大阪市。

ある町工場の経営者が、肝炎で死んだ。58歳だった。看取ったのは、当時25歳・国立大阪病院で整形外科の研修医をしていた息子だった。

息子の名前は 山中伸弥。後にiPS細胞でノーベル賞を取ることになる人物。父の名前は 山中章三郎。同志社工業専門学校卒の技術者で、祖父の山中熊吉が創業した町工場「山中製作所」── ミシン部品の製造 ── を継いだ人だった。

父の体を蝕んだウイルスには、当時まだ 名前がなかった。輸血で感染することは分かっていたが、A型でもB型でもない第3のウイルスとして「非A非B型肝炎」と呼ばれるしかなかった。治療法もなかった。

これは GuidelineChecker のコラム 33本目、薬機法シリーズの 11本目である。前回の 薬機法、2014年 で、整形外科医から研究者に転じた山中伸弥が、4つの遺伝子で細胞を巻き戻し、その発見が2014年薬機法を生み出すまでを辿った。今回は、その山中の父を奪った病気が ── そして 薬害肝炎 で被害者418人を苦しめた同じウイルスが ── 別のルートから制圧された話である。

父の死から 26年後の2014年。山中がiPSで世界を変えようとしていたまさにその時、米国の小さなバイオベンチャーが、12週間で 治癒率95%超の経口薬を生み出した。日本にそれが届いたのが、翌年 ── 2015年9月だった。


名前のなかったウイルス、1970-1988年

1970年代、ウイルス性肝炎には2つの名前があった。

A型肝炎ウイルス (HAV) ── 経口感染、急性肝炎、多くは完治。 B型肝炎ウイルス (HBV) ── 血液感染・性感染、慢性化することがある、ワクチンが1981年に登場。

だが、輸血を受けた人の多くが発症する肝炎の患者からは、A型ウイルスもB型ウイルスも検出されなかった。

米国国立衛生研究所 (NIH) の血液学者 Harvey J. Alter は、1970年代から輸血後肝炎の検体を集め続けていた。患者の血液をチンパンジーに移植して感染が成立することは確認できた ── つまり「何か」がいる。

だがそれは A型でも B型でもない。だから消去法で「非A非B型肝炎 (non-A, non-B hepatitis)」と呼ばれた。

正体不明のままだったから、検査もできない。輸血の安全性は B型までしか担保されない。1980年代の血液製剤・輸血血液には、見えないウイルスが紛れ込み続けた。

そして患者にできることは、対症療法だけだった。慢性化した肝炎は20-30年かけて 肝硬変・肝がん に進行し、多くを死に至らしめた。医師は「待つ」以外の手段を持たなかった。

山中章三郎が町工場で怪我をして輸血を受けたのも、この時代だった。当時、息子の伸弥はまだ中学生だった。


山中章三郎の死、1988年

山中伸弥が後年、公の場で何度も語った経緯から、ある程度のことが分かる。

中学生のとき、父が怪我をした。輸血が必要になり、その血液で 非A非B型肝炎ウイルスに感染した。当時の医療体制ではこれを防ぐ手段がなかった ── ウイルスが分からなければ、検査はできない。

伸弥が神戸大学医学部に入ったのは1981年。当初は 整形外科医 を目指していた。1987年(昭和62年)に卒業して国立大阪病院で研修を始めた。手術が下手で「ジャマナカ」と呼ばれていた頃の話だ。

その間も、父の肝炎は進行していた。

1988年、章三郎が亡くなった。58歳だった。伸弥は25歳。当時、肝臓は移植以外に修復する手段がなく、移植も提供者がほぼいない時代だった。「医学に治療法のない病気がある」ことを、若い研修医はベッドサイドで知った。

整形外科医として一人を救うより、研究者として何万人を救う方が」── 後に山中本人が繰り返し語る転身の動機は、この経験から来ている。前回触れた 整形外科医から研究者への転身の、最も生々しい原型がここにある。

父の死の わずか翌年、世界の反対側で、その病気に名前がつくことになる。


1989年、ウイルスに名前がついた

カリフォルニア州エメリービル。バイオベンチャー Chiron Corporation の研究室で、英国出身の分子生物学者 Michael Houghton が、5年以上にわたる執念のプロジェクトを進めていた。

狙いは、NIHの Alter らがチンパンジーで「ある」ことだけ示してきた、あの未知のウイルス。

通常、ウイルス研究は培養から始まる。だが「非A非B型肝炎」は 培養できなかった。だからHoughtonは正攻法を捨て、逆遺伝学的アプローチを取った。感染チンパンジーの血液からDNA・RNAをランダムに抽出し、それを大腸菌に発現させ、感染患者の血清と反応するものを 総当たりで探した。何百万ものクローンの中から、ついに1つがヒットした。

原理はこうだ。ウイルスは見えなくても、感染した血液の中にウイルスの遺伝子は混ざっているはず。その遺伝子を大腸菌に取り込ませれば、大腸菌は遺伝子の指示通りに、ウイルスのタンパク質を作ってくれる。

あとは、感染患者の血清 ── ウイルスに対する抗体が大量に含まれる ── を使って、ウイルスのタンパク質を作っている大腸菌を見つけ出せばいい。ウイルス本体を一度も見ないまま、遺伝子だけを手に入れる作戦だった。

1989年4月、Science誌。Houghton らはウイルスゲノム断片の同定を報告し、これを「C型肝炎ウイルス (HCV)」と名付けた。

その後 Charles M. Rice (当時 Washington University) が1990年代にHCVの完全なクローンを作成し、これ単体が肝炎を起こすことを最終証明した。Alter・Houghton・Rice の3人は、その31年後の 2020年、ノーベル医学生理学賞を共同受賞することになる。

ウイルスの正体が分かったことで、医療現場で最初に可能になったのは 治療ではなく 検査だった。ゲノム配列が分かれば、ウイルスのタンパク質を作り、それに反応する患者血液中の抗体を捕まえる試薬が作れる。

1989年〜90年にかけて、世界の血液供給システムに HCV抗体スクリーニングが組み込まれた。日本も同年中に試薬を承認、献血スクリーニングを開始した。

これで、輸血での新規感染は劇的に減った。山中章三郎のような患者が、新たに生まれることはほぼなくなった。

だが、過去に感染した患者は残っていた。彼らに何ができるか ── それが、その後25年の主舞台になる。


インターフェロンの20年

1992年(平成4年)、日本でアルファインターフェロン承認。HCVに対する世界初の治療薬だった。

インターフェロン (IFN) は人体が本来持つ抗ウイルスタンパク質で、これを大量投与して免疫系を活性化させ、ウイルスを排除する仕組み。理屈は通っていた。だが、実際の効果はそれほど鮮やかではなかった。

治癒率 ── 専門的には SVR (Sustained Virological Response、持続的ウイルス陰性化) ── は、最初の世代の単剤投与で 20-30%程度。3-4人に1人しか治らない。

それ以上に問題だったのが、副作用だった。

発熱、悪寒、頭痛、関節痛、強い倦怠感。投与初期は インフルエンザに罹り続けたような状態が数週間続く。長期投与では うつ症状が出る人も多く、自殺のリスクすら言及された。白血球減少で感染症に弱くなる。脱毛。注射は自己注射で週3回、治療期間24-48週間。仕事を続けられなくなる人も多かった。

2000年代後半、ペグインターフェロン (PEG-IFN) + リバビリンの併用療法が標準化された。週1回投与で済むようになり、治癒率は 約50%まで上がった。

それでも、半分は治らない。副作用は依然として強烈で、治療を完遂できない人も多かった。

「治療はあるが治らない病気」── そんな状態が、HCV発見から実に 20年以上続いた。


418人 ── 薬害肝炎被害者の30年

薬機法シリーズの前々回 (三つの薬害、1993-2008年) で詳述したように、もう一つの患者群がいた。

フィブリノゲン製剤と血液凝固第IX因子製剤 ── 旧ミドリ十字 (現田辺三菱製薬) の血液製剤で、出産時の止血や血友病治療に使われた ── でHCVに感染した人々である。1980年代までに 約29万人がフィブリノゲン製剤の投与を受け、うち 1万人以上がC型肝炎を発症したと推計される。

厚労省が把握した個人特定可能な被害者リストが 418人 だった。氷山の一角だ。実際の被害者の多くは、自分が肝炎になった原因が 薬害だと知らないまま、IFN療法を受けるか、肝硬変・肝がんで亡くなった。

2002年(平成14年)10月、大阪・東京で被害者が国と製薬会社を提訴。

2007年(平成19年)12月、大阪高裁の和解案 (1984年以降の感染に限定) に被害者が反発、福田康夫首相が政治決断で「全員一律救済」へ転換。

2008年(平成20年)1月16日、「特定フィブリノゲン製剤及び特定血液凝固第IX因子製剤によるC型肝炎感染被害者を救済するための給付金の支給に関する特別措置法」── 通称 薬害肝炎救済法── 施行。給付金額は症状に応じて 1,200万円〜4,000万円

同じ2008年4月、肝炎医療費助成制度も開始された。患者の月額自己負担を 1万円〜2万円まで抑える制度で、IFN療法をより多くの人が受けられるようにした。

ここまでは「国家責任の制度的決着」だった。

だが、決着していないことが一つあった ── 病気自体は治らないままだった。救済金を受け取った被害者の多くは、IFN療法で約半数しか治らず、肝硬変への進行を見守るしかなかった。


ファーマセット買収、2011年

2011年6月20日、ニュージャージー州。

ギリアド・サイエンシズ ── 米国の中堅製薬企業、HIV/AIDS治療薬で有名 ── のCEO John C. Martin が、近隣の Pharmasset という小さなバイオ企業のCEO P. Schaefer Price と会った。

Pharmasset の社員は約80人、製品はゼロ、売上もほぼなかった。あったのは、PSI-7977 という臨床第II相の化合物だけだった。

PSI-7977はHCVの NS5Bポリメラーゼ阻害剤 ── ウイルスがRNAを複製するときに使う酵素を直接ブロックする経口薬。動物実験と初期治験で、IFNを使わずに 治癒率90%超の可能性を見せていた。

5ヶ月後の 2011年11月21日。Gileadは Pharmasset を $137/株、総額 約110億ドル (約 $11 billion) で買収すると発表した。

買収プレミアム 89% (発表前の終値 $72.67 → $137)。Gileadの当時時価総額 $32.14 billion約3分の1を1社買収に投じる、桁外れの賭けだった。

投資家の反応は冷ややかだった。発表直後、Gilead株は 下落。「狂気の値段」「Pharmasset の手持ち化合物1つにこれは多すぎる」── 業界の評価はおおむね否定的だった。

だが John C. Martin は降りなかった。彼の読みはこうだ ── PSI-7977がFDAを通過すれば、世界に1.7億人いるHCV感染者の市場を独占できる。買収費用は 1-2年で回収できる。逆に、これを買わなければ、HCV治療市場で永久に出遅れる。

彼の読みは正しかった。


2014年ソバルディ、2015年ハーボニー

2013年12月、米国でソバルディ (Sovaldi、一般名 sofosbuvir) FDA承認。PSI-7977が、商品名と承認を得た瞬間だった。1錠 $1,000、12週コース $84,000。Gileadはこの価格を強気に押し通した。

2014年10月、米国でハーボニー (Harvoni、ソフォスブビル + レジパスビル配合錠) FDA承認。NS5Bポリメラーゼ阻害剤 (sofosbuvir) と NS5A阻害剤 (ledipasvir) の配合で、治癒率を 95-99%に押し上げ、IFNが完全に不要になった。

1日1回1錠を 8-12週間飲むだけ。副作用はほとんどなく、頭痛と倦怠感が軽度に出る程度。米国12週コース $94,500

そして、日本に届いたのが翌年だった。

2015年(平成27年)3月26日、日本でソバルディ承認。5月25日発売。1錠 61,799円、12週コース約 500万円

2015年7月3日、日本でハーボニー承認。9月発売。1錠 80,171円、12週コース約 670万円

これらは、前年2014年11月25日に施行されたばかりの 薬機法下での承認だった。条件・期限付き承認制度 (再生医療等製品向け) ではなく、通常の医薬品承認として、PMDAが審査して承認した。

患者にとっての変化は劇的だった。

24-48週の自己注射 → 8-12週の経口錠剤。治癒率50% → 95-99%。発熱・うつ・脱毛 → ほぼ副作用なし。仕事を続けながら治療できる。

「治療はあるが治らない病気」が、ついに「治る病気」になった。

ウイルス発見から 25年。山中章三郎の死から 27年だった。


救済法とDAA ── 国が感染させ、国が治す

ハーボニーは、薬害肝炎被害者にとって何を意味したか。

肝炎医療費助成制度 (2008年〜) は、DAA時代に入ってからも継続された。患者の自己負担は 月1万円〜2万円まで抑えられ、12週コース約670万円という薬価でも、実際に支払うのは 20-40万円程度で済んだ。

ハーボニーは薬害肝炎被害者にも届いた。多くが、IFN療法で治らないまま20年以上肝炎と付き合ってきた人々だった。彼らの多くが、ここで 完全治癒した。

これは、奇妙な制度的循環だった。

1980年代、民間製薬企業の血液製剤 (旧ミドリ十字のフィブリノゲン製剤) と、国の承認 (薬事法下の承認) で感染した人々がいた。2008年、国家責任が認められ救済法ができ、給付金1,200-4,000万円が支払われた。それでも病気は治らなかった。2015年、国の保険制度が、ハーボニーの治療費の大半を負担し、被害者を物理的に治癒させた。

国が感染させた人を、国の制度で完全に治した」── そういう循環が、ここで完成した。

サリドマイドのように身体障害として残る薬害でも、薬害エイズのように長期管理を要する感染症でもなく、薬害肝炎は 物理的に決着できる薬害だった。これは医学史的にも稀有なことだ。

ただし、間に合わなかった人もいた。

DAA到来の時点で すでに肝硬変末期や肝がんが進行していた人には、ハーボニーは届かなかった。ウイルスは消えても肝臓は戻らない。「あと10年早ければ」── そう言うしかない患者が、無視できない数いた。シリーズで繰り返し書いてきた 「死者は還ってこない」という制度史の鉄則は、ここでも繰り返された。

そして、間に合わなかった人の一人に、山中章三郎がいる。彼が亡くなった1988年から、ハーボニー日本承認の2015年まで、27年。あと20年生きていれば、彼は救われていた。


iPSとは別の道で

ハーボニーが日本で発売された2015年9月、京都大学iPS細胞研究所 (CiRA) では、山中伸弥が iPS細胞ストックの構築を進めていた。HLA型を網羅した細胞バンクで、輸血のように移植できる再生医療の基盤を作る ── そういう仕事だった。

iPS細胞の道は 細胞を巻き戻す道。山中ファクター (Oct3/4・Sox2・c-Myc・Klf4) で分化した細胞を多能性状態に戻し、そこから心筋・神経・網膜・肝細胞を作る。失われた機能を 再生する医学。

ハーボニーの道は、それとは全く違う。ウイルスの酵素を狙い撃つ道。NS5BとNS5Aという、HCVが生きるために必要な分子機械を、低分子化合物で阻害する。失われる前に 守る 医学。

21世紀の医学は、この2つの全く違う武器を手に入れた。山中の発見した道と、ギリアドが買い取った道。両者は同じ年 ── 2014年 ── に大きな節目を迎えた。

2020年10月、ストックホルム。

Harvey J. Alter、Michael Houghton、Charles M. Rice にノーベル医学生理学賞が授与された。受賞理由は「C型肝炎ウイルスの発見」。

1989年の発見から 31年、2014年のソバルディ承認から 6年経っていた。ノーベル委員会は、発見そのものの偉大さではなく、それが 治癒に結びついたことを評価して、ようやく授賞に踏み切ったと言われている。

8年前 (2012年) の山中・ガードン受賞と同じ「多能性」の理論ではなく、「ウイルスを根絶できた」という現実への授賞だった。

山中の父が亡くなった病気は、こうして制圧された。彼の名は授賞理由には出てこない。山中の研究費獲得のきっかけになった「医学に治療法のない病気がある」という痛みは、別の科学者たちが、別のルートで、決着させた。

ただし ── ハーボニー670万円という値段は、別の論争を残した。日本のソバルディ・ハーボニー合計売上は、発売7ヶ月で4,202億円に達した。当然、保険財政は緊張した。2016年4月、薬価は 特例31.7%引下げを受けた。

だが、これは予兆だった。同じ2014年に承認された もう一つの薬が ── 山中とは別の京大の研究者が拓いた薬が ── 翌年2015年に肺がんへ適応拡大したことで、論争はさらに激しくなる。

その物語は、次の回で。


FAQ

なぜC型肝炎ウイルスの発見はこれほど遅れたのですか?

ウイルス分離・同定の通常の手法 (細胞培養 → 電子顕微鏡観察 → 抗原同定) が、C型肝炎ウイルスには使えなかったためです。HCVは肝細胞でしか効率的に増えず、当時の培養技術では研究室で増やせませんでした。Michael Houghton (Chiron) は1980年代初頭から、培養を介さずにウイルス遺伝子を直接見つける逆遺伝学的アプローチに挑み、感染チンパンジーの血液から抽出した核酸ライブラリーから、感染患者血清と反応するクローンを総当たりで探す手法で、ついに1989年4月に同定に成功しました。A型肝炎ウイルス (1973年発見) や B型肝炎ウイルス (1965年発見) と比べて、はるかに長い時間がかかったのはこの技術的困難のためです。

逆遺伝学的アプローチとは具体的に何ですか?

通常のウイルス発見は「培養 → 観察 → タンパク質同定 → 遺伝子解析」の順ですが、C型肝炎ウイルスは当時の細胞培養技術で増やせず、最初の段階で詰みました。Michael Houghtonの逆遺伝学的アプローチは、この順序を完全に逆転させ「遺伝子から先に取る」というものです。手順としては ── (1) 感染チンパンジーの血漿から全核酸を抽出 (大部分は宿主のDNA・RNAで、ウイルス由来は100万分の1以下)、(2) RNAを逆転写でcDNA (相補的DNA) に変換、(3) 細かい断片に切って大腸菌のプラスミドに挿入し、数百万種類のクローンを作る (cDNAライブラリ)、(4) 各クローンが作るタンパク質を、感染患者の血清で総当たりスクリーニング。ここが急所で、患者血清にはウイルスへの抗体が大量に含まれており、抗体は自分の体のタンパク質には反応せず、ウイルスのタンパク質にだけ反応します。だから「光ったクローン」が作っていたタンパク質はウイルス由来で、そのクローンに入っていたcDNA断片はウイルスゲノムの一部だと特定できます。Houghtonチームは約100万クローンをスクリーニングして5年以上かけて1個のヒットを得ました。「逆遺伝学 (reverse genetics)」の名は、古典的に「病気 → 原因遺伝子」の順で探す正遺伝学 (forward genetics) に対し、「遺伝子の手がかり → 機能・正体」の順で探すことから来ています。HCVではウイルス本体を一度も見ないまま、遺伝子だけを手に入れて正体を推論しました。この手法は後に、培養が難しい他のウイルス・新興感染症の発見にも応用されています。

ハーボニーは何で「治せる」のですか?

C型肝炎ウイルスが増えるために必要な 酵素を、低分子の薬で直接ブロックします。ハーボニーは2つの化合物の配合錠で、ソフォスブビルはウイルスRNAを複製する酵素 (NS5Bポリメラーゼ) を、レジパスビルはウイルス複製複合体の形成に必要な蛋白質 (NS5A) を、それぞれ阻害します。ウイルスは複製できなくなり、人体の免疫系がゆっくりと残ったウイルスを掃除します。12週間飲み続けると、99%近い患者で ウイルスが体内から完全に消える(SVR = 持続的ウイルス陰性化)。インターフェロン療法と違って人体の免疫を活性化させないため、副作用が圧倒的に少ないのが特徴です。これは「Direct-Acting Antivirals (DAA、直接作用型抗ウイルス薬)」と呼ばれる新しい薬の系統で、HIV治療薬と同じアプローチをC型肝炎に応用したものです。

薬害肝炎の被害者は救われたのですか?

DAA時代に入ってから、薬害肝炎被害者の多くは 物理的にも治癒しました。2008年の薬害肝炎救済法で給付金 (1,200-4,000万円) が支払われ、同年の肝炎医療費助成制度で月1-2万円程度の負担でIFN療法を受けられるようになりました。IFN療法では治癒率約50%でしたが、2014-2015年にDAAが使えるようになってからは 治癒率95%超に。「国が感染させた人を、国の制度で治す」という奇妙な循環がここで完成しました。ただし、DAA到来時点で既に肝硬変末期や肝がんに進行していた被害者にはハーボニーは間に合わず、ウイルスは消えても肝臓の機能は戻りませんでした。「死者は還ってこない」という制度史の鉄則は、ここでも残りました。

米国のWyden-Grassley調査とは?

2014年7月から2015年12月まで、米国上院財政委員会のRon Wyden (民主) と Chuck Grassley (共和) が超党派で行った、Gileadのソバルディ・ハーボニー薬価に関する18ヶ月の調査です。Gileadの社内文書 20,000ページを精査し、2015年12月1日に報告書を公開。「Gileadは患者アクセスよりも収益最大化を優先して薬価を決定した」「ソバルディの $1,000/錠は意図的な高価格戦略」「ハーボニーはソバルディ価格を踏み台にしてさらに引き上げる計画だった」と結論づけました。Medicare (米国の高齢者公的保険) の支出は18ヶ月で約 $82億 (リベート前) に達し、月間HCV治療支出が6倍以上に膨張しました。この調査は世界の高額医薬品論争の決定的なエビデンスとなり、日本でも翌2016年の薬価特例引下げ・薬価制度抜本改革の議論に直接影響しました。

WHO 2030年HCV排除目標とは?

2016年5月、第69回WHO総会で採択された「Global Health Sector Strategy on Viral Hepatitis 2016-2021」(後継: 2022-2030戦略) で掲げられた目標です。2030年までに、新規感染を80%削減・死亡率を65%削減・診断率を90%以上・治療率を80%以上にすることを目指しています。排除基準は新規感染5/10万人/年以下、死亡2/10万人/年以下。これはDAAの登場で、ウイルス性肝炎を 公衆衛生上の脅威として排除することが現実的になったため設定された目標です。日本のC型肝炎キャリア数は2015年時点で推計191-249万人で、厚労省と日本肝臓学会は2030年までの国内HCV排除を目標に掲げています。ただし2024年現在、世界で2030年目標達成見込みの国は約15%にとどまっており、DAAがあっても診断・治療アクセスが追いつかない地域が多いのが現状です。

iPS細胞はC型肝炎の治療には関係ないのですか?

直接の関係はありません。ハーボニーは「ウイルスの酵素を狙い撃つ」低分子化合物の薬で、化学合成された経口錠剤です。山中伸弥が発見した iPS細胞は「細胞を巻き戻す」技術で、再生医療の基盤になるものです。両者は全く別の科学的アプローチで、別の研究者たち (Houghton/Alter/Rice と 山中) が独立に開発しました。ただし、シリーズ的には深い接続があります ── 山中の父はC型肝炎で亡くなり、その経験が彼を整形外科医から研究者に転身させ、後のiPS細胞発見の動機の一つになりました。前回描いた山中の物語は、その背景に「治療法のない病気で父を失った」経験を持ちます。ハーボニーは、その「治療法のない病気」を、山中とは全く別のルートから、別の科学者たちが決着させた話です。21世紀医学は、細胞を巻き戻す道と、ウイルスを狙い撃つ道、両方の武器を同時期に手に入れました。

Gileadはなぜ Pharmassetを110億ドルで買収したのですか?

Pharmasset が保有していた PSI-7977 (後のソフォスブビル) という1つの化合物だけが目当てでした。当時 (2011年) Pharmasset は社員約80人・売上ほぼゼロ・製品ゼロの小規模バイオベンチャーで、PSI-7977は臨床第II相段階。それでも Gileadは時価総額の約3分の1を投じる桁外れの賭けに出ました。Gilead CEO John C. Martinの読みは ──「PSI-7977がFDAを通過すれば、世界に1.7億人いるHCV感染者の市場を独占できる。買収費用は1-2年で回収できる」── というものでした。実際、買収から2年後の2013年12月にソバルディがFDA承認、2014年単年の売上は $10.3 billion (約1兆円超) に達し、買収費用 ($11 billion) は1年で回収しました。後にWyden-Grassley調査が暴露したように、この高い回収率は意図的な高価格戦略によるものでもありました。