2014年(平成26年)7月。日本で、ひとつの薬が承認された。
世界で初めての、その種類の薬だった。商品名「オプジーボ」(一般名 nivolumab)。がん細胞が体内で生き延びるために使っている「ブレーキ」を外す薬。理屈は20年以上前に発見され、22年かけて治療薬になった。
承認時の薬価: 100mg一回 729,849円。年間治療費に換算すると 約3,500万円/患者。当時の対象は希少な進行性悪性黒色腫の 数百人/年で、その規模で計算された値段だった。
これは GuidelineChecker のコラム 34本目、薬機法シリーズの 12本目である。前回の ハーボニー、2015年 で、C型肝炎が 治る病気になった瞬間を辿った。今回は、その同じ年に承認されたもう一つの薬の話 ── 翌年12月に肺がんへ適応が広がって対象が 100倍になり、日本の薬価制度を戦後最大の抜本改革に追い込むことになる薬の物語である。
動かしたのは、もう一人の京大の研究者だった。
1992年、京大で発見されたブレーキ
1992年、京都大学医学部、本庶研。
本庶佑 (ほんじょ たすく、1942年京都府生まれ、京都大学医学部卒)。免疫学の研究者として、B細胞・T細胞の機能を解明する仕事を続けてきた。当時すでに50歳、世界的に名前のある研究者だった。
その研究室で、若き研究員 石田靖雅 が、ある遺伝子を 単離した ── 専門的には「クローニング」と呼ばれる、ゲノムから特定の遺伝子を見つけ出し、研究室で扱える形に取り出す手法だ。
T細胞が 細胞死 (アポトーシス) を起こすときに発現が強くなる遺伝子だった。命名 ──「PD-1 (Programmed Death-1)」。直訳すれば「プログラムされた細胞死、第1番」。
最初はあくまで「細胞死に関わる謎の遺伝子」だった。だが、その後の研究で、次第に正体が分かってくる。
PD-1 は、T細胞のブレーキだった。
T細胞は本来、体内の異物 ── ウイルス感染細胞、がん細胞、移植組織 ── を攻撃する。だが、過剰な攻撃は自分の体を傷つけてしまう (自己免疫疾患)。だから攻撃を 止める仕組みが必要だ。PD-1はそのブレーキの1つで、特定の分子 ── 後に PD-L1 と命名される ── と結合すると、T細胞に「攻撃停止」の信号を送る。
本庶研は10年以上をかけて、PD-1の機能を解明し続けた。
そしてある時、こう問うた。
「がん細胞が、このブレーキを悪用しているとしたら?」
「ブレーキを外す」という発想
実際、その通りだった。
研究を進めると、多くのがん細胞の表面に PD-L1 が発現していた。それで、がん細胞は、攻撃しようとするT細胞のPD-1に結合して、「攻撃停止」を命じていた。免疫系から逃げ続けるための、巧妙な擬態だった。
ここから、本庶研の発想は反転する。
「PD-1とPD-L1の結合をブロックすれば、T細胞のブレーキが外れ、がん細胞を攻撃できる」
これは、従来のがん治療法と全く違う発想だった。
化学療法 (抗がん剤) は、がん細胞を直接殺す ── 細胞毒性で。正常細胞も傷つくから、副作用が強い。
分子標的薬は、がん細胞に特有のタンパク質を狙う ── 副作用は減るが、効くがん種が限定される。
チェックポイント阻害 (PD-1抗体) は、患者自身の免疫を解放する ── 理論的に あらゆるがん種に効く可能性を持つ。「患者の体に治療させる」という発想だった。
これは 薬機法、2014年 で扱った山中伸弥のiPS細胞 ──「細胞を巻き戻す」道 ── と並ぶ、21世紀医学の新しいパラダイムだった。
そして同じ頃、米国でも別の研究者が同じことを考えていた。ジェームズ・アリソン (テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)。彼が研究していたのは PD-1 ではなく CTLA-4 という別の免疫ブレーキ分子だったが、発想は同じだった。
ふたりは、2018年にノーベル医学生理学賞を共同受賞することになる。
2005年、Medarex と小野薬品の提携
PD-1 阻害薬として実用化するには、もう一段必要だった。抗体薬として量産する仕組みを作ること ── 発見を実際の薬にする工程だ。
抗体薬は、特定の標的分子に結合するように設計された タンパク質医薬品。化学合成の低分子薬と違い、生細胞 (主にハムスター卵巣細胞、CHO) で作る必要がある。製造・精製・臨床試験のノウハウが必要で、京大の研究室では完結できない。
そこで本庶研は、大阪の中堅製薬企業 小野薬品工業 と提携した。小野薬品が日本での開発を担う。
だが、もう一段必要だった。国際展開。
2005年、小野薬品は米国のバイオ企業 Medarex と提携契約を結ぶ。Medarex は抗体薬の老舗で、独自の抗体作製プラットフォームを持っていた。契約の中身:
- Medarex: 北米地域の開発・販売権
- 小野薬品: 日本含む北米以外の地域の開発・販売権
ふたつの企業が並行して臨床試験を進める設計だった。
その数年後、Medarex は単独での開発体力に限界を感じ、身売りを選ぶ。世界最大級の製薬企業の手に渡る方が、開発を完遂できる ── という判断だった。
2009年7月22日。Bristol-Myers Squibb (BMS) が、Medarex を $2.4 billion ($16/株、現金) で買収すると発表。同年9月1日に完了。これで nivolumab の北米権利は BMS が握ることになった。
前回ハーボニー記事の章 (Gilead-Pharmasset買収) と構造的には似ている。ただし、規模 ($2.4B vs $11B) と意味合いが違う。Gilead は「Pharmaset の1つの化合物」を欲しかった。BMS は「Medarex の抗体薬プラットフォームと、その先に見えていた免疫腫瘍学全体」を買った。
賭けの規模は違うが、「小さなバイオベンチャーの突破口を、大手が完成させる」という構造は同じだった。
2014年7月、世界初のPD-1阻害薬
PD-1発見 (1992年) から、22年。Medarex-小野薬品提携 (2005年) から、9年。
2014年7月、日本でオプジーボ承認。世界で初めての PD-1 阻害薬だった。米国・欧州での承認 (BMS版、商品名 Opdivo) より、数ヶ月早かった。
対象: 根治切除不能な悪性黒色腫。皮膚がんの一種で、進行すると治療が極めて難しい疾患。当時の日本での対象患者数は 数百人/年程度と推定された。
薬価:
| 規格 | 薬価 |
|---|---|
| 100mg | 729,849円 |
| 20mg | 150,200円 |
1人あたり年間治療費に換算すると 約3,500万円。
「3,500万円」という値段は、希少疾患薬価としては前例があった。希少な進行がんで他に治療手段がない場合、欧米でも年間数千万円の薬は珍しくない。日本の薬価制度も、その規模で「数百人 ── 数十億円程度の市場規模」を想定して算定していた。
問題は、その想定が翌年に崩れることだった。
2015年12月、肺がん適応拡大
2015年12月、オプジーボの適応に 非小細胞肺がん が追加された。
肺がんは、悪性黒色腫とは桁が違う。
日本での年間罹患者数は 約13万人。うち、適応となる進行性非小細胞肺がんは 数万人/年 ── 悪性黒色腫の 100倍以上。
薬価はそのままだった ── 100mg 729,849円、年間 約3,500万円/患者。
単純計算で、市場規模は 3,500万円 × 数万人 = 数千億円。仮に対象患者の半数が治療を受けたとして、毎年 数千億円〜1兆円が国民健康保険から支出される計算になる。
これは、当時の日本の高額薬剤の常識を 何桁も超える規模だった。
警鐘を鳴らした人物がいた。日赤医療センターの 國頭英夫 医師。「このまま使い続ければ、国民医療費が破綻する」── 後に「オプジーボ亡国論」と呼ばれるこの主張は、2016年メディアで大議論を起こした。
問題は単純化すれば、こう言える。
「数百人を想定した薬価を、数万人に適用したら、制度が持たない」。
そして、もう一つ重要な構造があった。オプジーボは「効く薬」だが「治す薬」ではない。
ハーボニーは12週で患者がいなくなる治癒薬だった。だがオプジーボは、効いている限り 継続投与される。月単位、年単位で続く。1人あたりの累計薬剤費は 数億円に達することもある。
仕組み上、そうなる。オプジーボは T細胞のブレーキを 外し続けている間、免疫ががん細胞を攻撃する。投与を止めれば、ブレーキは戻り、がん細胞が再び免疫から逃れて増殖を始める可能性がある。だから「効いているうちは、止めない」のが治療プロトコルになる。高血圧薬や糖尿病薬と同じ「コントロール型」の薬だ。
これが「新時代の高額医薬品」だった。そして、制度はまだ準備ができていなかった。
2016年、中医協が動いた
中央社会保険医療協議会 (中医協)。厚労相の諮問機関で、薬価と診療報酬を決定する場。支払側 (健康保険組合・市町村等)、診療側 (医師・歯科医師・薬剤師)、公益委員から構成される。
通常の薬価改定は 2年に1回。次回は2018年4月の予定だった。それを待っていたら、2年間オプジーボは現行薬価で売られ続け、累計 1-2兆円の医療費が支出されることになる。
中医協は判断した ── 2年は待てない。
2016年4月、中医協は「超高額薬剤の薬価のあり方」を議論開始。
2016年7月27日、薬価制度全般の抜本的見直し方針 (2018年度改定以降) と、当面の特例的対応として オプジーボの臨時引下げ案を検討することを決定。
2016年10月5日、厚労省が中医協・薬価専門部会に 特例引下げ案 を提示。要点:
- 2015年10月〜2016年3月に効能追加された薬剤で
- 2016年度市場規模が当初予測の 10倍超かつ1,000億円超 のもの
- これを既存の市場拡大再算定ルールを拡張して引き下げる
事実上、オプジーボ単体を狙い撃ちする設計だった。
2016年11月24日、中医協がオプジーボ薬価引下げを了承。
2017年2月1日、施行。
| 規格 | Before | After | 引下げ |
|---|---|---|---|
| 100mg | 729,849円 | 364,925円 | 50%減 |
| 20mg | 150,200円 | 75,100円 | 50%減 |
史上初の臨時薬価改定だった。通常ルール (市場拡大再算定の最大引下げ幅は約25%) を超える、特例の特例。
オプジーボの薬価が、半額になった。
薬価制度抜本改革、2017年
特例引下げは応急処置だった。本格対応は別途進んでいた。
2017年12月、薬価制度抜本改革大綱閣議決定。改革の柱:
- 薬価毎年改定 ── 2年に1回 → 毎年改定 (2018年度から段階的)
- 市場拡大再算定の強化 ── 高額医薬品市場拡大への対応強化
- 新薬創出加算の限定化 ── 画期的・有効性顕著な新薬に限定 (従来は対象範囲が広すぎた)
- 長期収載品の段階的薬価引下げ ── 後発品 (ジェネリック) への置換促進
- 費用対効果評価制度 (HTA) の本格運用 ── 2019年4月開始へ準備
医薬品の薬価制度が、戦後70年で 最も大きな再設計を受けた。背景にあったのは、ハーボニーとオプジーボが生んだ「新時代の高額医薬品」への対応必要性だった。
特に重要なのが 費用対効果評価 (HTA: Health Technology Assessment)。
HTAは「1QALY (Quality-Adjusted Life Year、質調整生存年) あたりいくらの追加コストが妥当か」を評価する仕組み。例えば「ある薬で患者の余命が1年延びる、その薬の費用が500万円なら、500万円/QALY」と計算する。日本の判断基準は 500万円/QALY を超えると価格調整 (引下げ) の対象。
英国の NICE (National Institute for Health and Care Excellence) など海外のHTAは、承認時の薬価を決めるのに使われる。一方、日本のHTAは、既決定の薬価を 事後調整する独自の制度設計。「既に承認された薬を後から見直す」という、より穏当な仕組みになった。
2019年4月、HTA本格運用開始。オプジーボはその第一陣の対象になった。
2018年、本庶ノーベル賞
2018年10月1日。
ストックホルム時間、午前11時。京都時間、午後6時。
本庶佑にノーベル医学生理学賞が授与された。受賞理由は「免疫抑制の阻害によるがん治療法の発見」。共同受賞は ジェームズ・アリソン (CTLA-4)。
これは、京都大学の 6年ぶりのノーベル賞だった。
- 2012年: 山中伸弥 (iPS細胞、医学生理学賞)
- 2018年: 本庶佑 (PD-1、医学生理学賞)
同じ京都大学、同じ医学生理学賞、同じ「患者を救う技術」、同じ国民的感動。
ただし、文脈は前回と少し違った。
山中ノーベル賞 (2012年) → 薬機法施行 (2014年) は、「日本発の技術が世界を変える」という、国家戦略への純粋な追い風だった。
本庶ノーベル賞 (2018年) の頃には、すでにオプジーボは 薬価論争の渦中にあった。「日本の科学が世界を変えた」という国民的物語と、「日本の財政を揺るがした薬」という現実が、同時並走していた。
それでも、本庶受賞は祝福された。受賞会見で本庶は語った。
「この発見が、これだけ多くの患者の役に立っているのが嬉しい」
翌年4月、費用対効果評価制度が本格運用開始。オプジーボは第一陣の対象に。「効く薬を国民皆保険でどう支えるか」という新時代の問いに、制度が動き始めた瞬間だった。
「治す薬」と「効く薬」── 残された問い
前回扱った C型肝炎治療薬ハーボニーと、オプジーボは、まったく違う種類の薬だった。
| 観点 | ハーボニー (DAA) | オプジーボ (PD-1阻害) |
|---|---|---|
| 効果の性質 | 治癒 (ウイルスを根絶) | 延命・効果持続 (がんを抑え続ける) |
| 治療期間 | 8-12週で終わる | 継続投与 (効いている限り続ける) |
| 1人当たり総薬剤費 | 約670万円 (1回) | 3,500万円/年 × 数年 = 数億円 |
| 患者数 | 国内150-250万人 | 適応拡大で数万人 |
| 国家負担の形 | 一気に大きく、その後急減 | 持続的に大きい |
ハーボニーは「治癒薬パラドックス」── 治して患者を消費し尽くす ── という経済構造を持っていた。
オプジーボは逆の構造を持つ ── 「効く薬」は患者を消費しない。続く限り、薬剤費も続く。
日本の薬価制度改革は、この 2つの全く違う構造の薬に追いつくための再設計だった。
- ハーボニーには: 短期で在庫枯渇する薬。2016年に約32%引下げで応急対応
- オプジーボには: 長期で財政を圧迫する薬。抜本改革 + 特例50%引下げ + HTA が必要
そして、これらの薬は これからも増える。
- CAR-T療法 (遺伝子改変T細胞、患者ひとりあたり 3,000-5,000万円、1回投与)
- 遺伝子治療薬 (1回投与で 1-2億円)
- mRNAワクチン治療薬
- 次世代の免疫療法・細胞療法
「効く薬の時代」が来ている。そして日本の薬価制度は、その都度、制度を改修しながら走り続けることになる。
ここまで「何が起きたか」を辿ってきた。だがその奥に、別の問いが残る ── 3,500万円、500万円/QALY、米国 Sovaldi の $84,000。それぞれの値段は、どの論理で決まったのか。日本の薬価はどう決まるのか で、その制度を解剖する。
そして、2014年薬機法で導入された 条件・期限付き承認制度には、まだ最初の答えが出ていなかった。テルモのハートシート、2015年に第1号承認された再生医療等製品。それが満期を迎えた時、何が起きるか ── それは、さらに別の物語である。
FAQ
PD-1とは何ですか?
T細胞 (免疫細胞の1つ) の表面にある受容体タンパク質で、Programmed Death-1 (プログラムされた細胞死1) の略称です。1992年に京都大学・本庶研の石田靖雅らが、T細胞の細胞死誘導時に発現が増強される遺伝子として単離・命名しました。後に、特定の分子 (PD-L1、PD-L2) と結合するとT細胞に「攻撃停止」の信号を送る、免疫の「ブレーキ」として働くことが解明されました。本来は過剰な免疫反応 (自己免疫疾患) を防ぐ仕組みですが、多くのがん細胞はこの仕組みを悪用してPD-L1を発現し、免疫系から逃げています。PD-1抗体 (オプジーボなど) はこの結合をブロックし、T細胞のブレーキを外してがん細胞を攻撃できるようにする薬です。これは「免疫チェックポイント阻害」と呼ばれる新しいがん治療パラダイムの基盤となりました。
なぜ本庶佑はノーベル賞を受賞したのですか?
2018年10月1日、本庶佑が「免疫抑制の阻害によるがん治療法の発見」によりノーベル医学生理学賞を受賞しました。共同受賞は CTLA-4 を発見した米国のジェームズ・アリソン (テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)。受賞理由は、両者がそれぞれ別の免疫ブレーキ分子 (本庶=PD-1、アリソン=CTLA-4) を発見し、それを阻害することでがんを治療できる新しい原理を確立したことです。この発見は、化学療法・分子標的薬に続く「第3のがん治療法」として確立し、悪性黒色腫・肺がん・腎細胞がんなど多くのがんで治療成績を大幅に改善しました。京都大学では2012年の山中伸弥に続く6年ぶりのノーベル賞で、「iPS細胞の山中、PD-1の本庶」として日本の医学研究の象徴的存在になりました。
オプジーボはなぜ年間3,500万円という高額だったのですか?
2014年7月の日本承認時、オプジーボの薬価は100mg=729,849円、20mg=150,200円で、年間治療費に換算すると約3,500万円/患者でした。これは「希少疾患薬価」として算定されたためで、当時の対象だった根治切除不能な悪性黒色腫の患者数は数百人/年程度。市場規模数十億円を前提に、抗体医薬の製造コスト・開発回収・他に治療手段がない希少疾患の特殊性を考慮して決定されました。希少な進行がんで他に手段がない場合、欧米でも年間数千万円の薬は珍しくありません。問題は2015年12月の肺がん適応拡大で、対象患者が数百人から数万人に100倍に拡大したことでした。希少疾患の前提で算定された薬価が、国民病レベルの患者数に適用され、市場規模が「数十億円」から「数千億円〜1兆円」に膨張。これが薬価制度改革の引き金となりました。
2017年の50%薬価引下げはどう決まったのですか?
2016年4月から中央社会保険医療協議会 (中医協) で「超高額薬剤の薬価のあり方」が議論され、同年7月27日に特例的対応を検討することが決定。10月5日に厚労省が薬価専門部会に特例引下げ案を提示しました。基準は「2015年10月〜2016年3月に効能追加された薬剤で、2016年度市場規模が当初予測の10倍超かつ1,000億円超」というもので、事実上オプジーボ単体を狙い撃ちする設計でした。11月24日に中医協が引下げを了承し、2017年2月1日に施行。100mgは729,849円から364,925円へ、20mgは150,200円から75,100円へ、それぞれ50%引下げとなりました。これは通常の薬価改定サイクル (2年に1回) を待たずに行われた史上初の臨時薬価改定で、通常の市場拡大再算定ルールの最大引下げ幅 (約25%) も超える特例措置でした。
費用対効果評価制度 (HTA) とは何ですか?
HTA = Health Technology Assessment (医療技術評価) は、新しい医薬品・医療技術の「費用に見合う効果があるか」を経済評価する仕組みです。「1 QALY (Quality-Adjusted Life Year、質調整生存年) あたりいくらの追加コストが妥当か」を計算し、判断基準を超える場合は薬価を調整します。日本では2019年4月から本格運用が開始され、判断基準は500万円/QALYです。英国の NICE などの海外HTAは「承認時の薬価を決める」のに使われますが、日本のHTAは「既決定の薬価を事後調整する」独自の制度設計を採用しました。「既に承認された薬を後から見直す」という、より穏当な仕組みです。オプジーボは2019年4月の本格運用開始時の第一陣対象品目となり、高額医薬品時代の制度的対処の象徴となりました。
ハーボニーとオプジーボの薬価論争はどう違うのですか?
両者とも2014-2015年に日本で承認された高額医薬品ですが、薬の性質が根本的に違います。ハーボニーは「治す薬」── 8-12週の治療で C型肝炎ウイルスを根絶し、患者は卒業します。1人あたり総薬剤費は約670万円で、患者プールは治療が進むほど減少。一方、オプジーボは「効く薬」── 効いている限り継続投与され、患者は卒業しません。1人あたり累計薬剤費は数億円に達することもあり、国家負担は持続的に大きい構造です。ハーボニーへの薬価対応は2016年4月の通常薬価改定で約32%引下げ (特例ではなく通常ルールの範囲内)。オプジーボへの対応は史上初の臨時改定で50%引下げ + 薬価制度抜本改革 + HTA本格運用、と桁違いの規模になりました。「効く薬は治す薬より長期的に高くつく」という構造が、両者に対する制度的対応の差を生みました。今後の CAR-T療法 (3,000-5,000万円/患者)・遺伝子治療薬 (1-2億円/患者) 時代も、この構造の延長線上にあります。
本庶-小野薬品の特許訴訟とは何ですか?
2020年6月、本庶佑が小野薬品工業を相手取り、オプジーボの特許使用料の追加配分を求めて大阪地裁に提訴しました。本庶側の主張は「オプジーボの売上の一部をPD-1関連研究への寄付として配分する約束だったが、実際の配分が約束より少ない」というもの。請求額は約226億円。背景には、オプジーボの予想を超える売上拡大に対し、本庶側の取り分が当初契約から見直されるべきだという考えがありました。2021年11月、両者は和解に到達。本庶側に追加配分が行われ、その一部が京都大学への寄付として「本庶佑有志基金」(若手研究者支援) に充てられることになりました。世紀の発見と巨大な収益の背後で、研究者と企業の利益配分のあり方が問われた象徴的事例として、産学連携史でも記憶されています。本記事の時系列 (2014-2018年) の後の出来事ですが、文脈として記録しておきます。