景表法 読了 15 分

ペニーオークション、2012年 — ステマ規制 11年沈黙の発端

2010年 12月、8人のタレントのブログに同じ文面のペニーオークション宣伝が並んだ。ほしのあき 30万円、綾部祐二 5万円、小森純 40万円 ── 報酬を受け取って書いた「本当に落札した」は嘘だった。

2012年 12月 7日、京都府警が「ワールドオークション」運営者 4人を詐欺罪で逮捕。会員 10万人の大半は架空、ボットで価格を 1,000万円まで吊り上げる仕組み、被害 6,000万円。だが当時の景表法では、芸能人のステマ自体を取り締まる条文がなかった。米 FTC は 2009年にブロガー開示を義務化済み。日本が「ステマは景表法違反」と明示するまで、ペニーオークション事件から 11年かかった。

2010年 12月、東京のあるブロガーが奇妙なことに気づいた。8人のタレントが、ほぼ同じ文面で「友達から教えてもらった」というペニーオークションサイトを紹介し、「破格で落札できた」と書いていた。

12月 10日に菜々緒、20日に綾部祐二、22日に永井大、23日に熊田曜子、27日にほしのあき、29日に東原亜希。年が明けて 2011年 1月 7日に小森純。サイト名は「ワールドオークション」── 言葉遣いも、URL の貼り方も、商品の絶賛も、判で押したように似ていた。

2年後の 2012年 12月 7日、京都府警と大阪府警がワールドオークション運営会社の役員 1人と社員 3人を 詐欺罪 で逮捕する。捜査の過程で判明したのは、芸能人 8人が 金を受け取って書いていた事実だった。

ほしのあき 30万円。綾部祐二 5万円。小森純 40万円。残りの 5人は金額が個別には公表されていないが、いずれも友人の松金ようこ (8人のうちの 1人) から「指示された文面をブログに書くだけで報酬が出る」と紹介されていた。

「自分で買った」と書いた商品を、実際には買っていない。ブログを見た一般読者が「タレントが推薦している」と思って同じサイトに登録した。これが、後に日本で ステルスマーケティング (ステマ) と呼ばれる商慣習の象徴的事案になる。

だが、その瞬間に消費者庁は動けなかった。当時の景品表示法では、芸能人のステマ自体を取り締まる条文がなかったからである。

これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 9本目である。前回のスカスカおせち、2011年 で SNS 発の景表法事件を辿った。今回はその翌年、SNS時代の景表法に最初の限界が見えた瞬間 と、そこから 11年かかって埋まった条文の穴 の物語である。


ワールドオークションという仕掛け

ペニーオークション (略称ペニオク) は、もともと欧米発の入札型ネットサービスである。仕組みはこうだ。

落札できれば「数十万円の商品が 1,000円で買える」という設計だが、ハズれた入札者は手数料が戻ってこない。仕組み自体は合法的に成立する。

問題はワールドオークションの仕掛けだった。京都府警の捜査と判決で明らかになった構造はこうだ。

つまり「落札できる仕掛け」ではなく、「手数料を集めるだけの装置」だった。参加者は「あと一歩で落札できる」と思いながら手数料を払い続け、その「あと一歩」は構造的に到達できない。これが詐欺罪 (刑法 246条) の構成要件 ── 虚偽の事実で財物を交付させる ── を満たした。


「友達から教えてもらった」

8人のタレントのブログ投稿は、ほぼ同じテンプレートで書かれていた。

「友達 (友人) に教えてもらったワールドオークションで、~~~~ を 1,080円で落札しました!

商品は空気清浄機 (シャープ プラズマクラスター)、デジタル一眼レフカメラ、薄型テレビ、ブランドバッグ。当時の市販価格で 5万〜 30万円する商品を「1,080円で落札」── 数字に最初から仕掛けがあった (1,080円 = 当時の消費税率 8%込みで端数まで揃った演出)。

判決後の捜査資料で明らかになった謝礼は、人気タレント順に高かった。

8人の投稿日は 2010年 12月 10日 (菜々緒) から 2011年 1月 7日 (小森純) までの約 1ヶ月 に集中している。同じ言い回し、同じ商品の価格演出 (1,080円落札)、別々の芸能人が次々に書く ── 一見「口コミの連鎖」に見える出来事は、後の京都府警の捜査で、偶然ではないと明らかになる。


2012年 12月 7日、逮捕

逮捕は突然だった。京都府警と大阪府警が出会い系サイト運営会社の役員 1人と社員 3人 (計 4人) を、詐欺罪の容疑で同時に拘束した。

捜査の過程で芸能人 8人のブログが浮上した。本人たちは「友達から教えてもらった」と書いていたが、実態は 金銭授受を伴う宣伝依頼 だった。

「友達」の正体は、8人のうちの 1人 ── 松金ようこだった。松金は運営会社から依頼を受け、他のタレントに声をかける窓口になっていた。ほしのあき本人は京都府警の事情聴取で「松金ようこから紹介され、指示された文面をブログに掲載して 30万円の謝礼を受け取った」と認めた。8人が偶然同じ友達を持っていたのではなく、運営会社が松金を介して 8人に宣伝を発注し、文面まで指定していた。同時多発の「体験談」は、最初から台本だった。

2012年 12月 13日、ほしのあきは自身のブログで謝罪文を公開する。「自身が落札したかのような事実と異なる記載をした」と認めた上で、報酬を受け取った経緯を説明。他の関与芸能人も同様に謝罪・釈明を行った。

サイバーエージェント (アメーバブログ運営会社) は「規約違反を繰り返した芸能人のアメーバブログを利用停止とする」方針を発表。芸能事務所も該当タレントに謝罪文掲載と一部活動自粛を指示した。

2013年 5月 24日、京都地方裁判所は主犯格に 懲役 3年執行猶予 5年、社員 3人に 懲役 1年 6月執行猶予 3年 の判決を言い渡した。

ここまでは刑事事件として処理された。だが消費者の不信感はそこに留まらなかった。「タレントが宣伝した商品やサービスは、いくら信用していいのか」 という根本的な問いが残った。


景表法では取締れなかった

ここで「ペニーオークション事件は景表法違反だったのではないか」と思う読者がいるかもしれない。だが当時の景表法では、芸能人のステマ自体を直接取り締まることができなかった。

景表法 第 5条が禁じていたのは、当時、次の 2つだけだった。

タレントが「自分で落札した」と嘘を書く行為は、確かに「中立的な第三者からの推薦」を装っている。だが、その推薦自体が商品の品質を語っていない場合、優良誤認には該当しない。「ステマだから違反」という独立した条文が無かった

法律家の議論はあった。「タレントが報酬を受けたことを開示せずに推薦すれば、消費者は中立な評価だと誤認する。これは表示全体の信頼性を歪める」── そうした立論で景表法を適用すべきだとする意見はあった。だが消費者庁は最終的に措置命令を出さなかった。詐欺事件として刑事で立件されたうえに、ステマ行為自体への適用基準が固まっていなかったためである。

結果として ペニーオークション事件は、運営会社の刑事責任は問われたが、芸能人のステマ責任は法的に問われずに終わった

これは日本のステマ規制が長く欠落していた事実を、初めて広く可視化した事案である。


FTC、2009年の先例

太平洋の向こうでは、3年前にすでに答えが出ていた。

2009年 10月 5日、米国連邦取引委員会 (FTC) は「広告における推薦と証言の利用に関するガイド」(16 CFR Part 255) を改訂し、ブロガーや SNS インフルエンサーの推薦に 金銭・物品の対価を受けた場合は明示開示せよ と義務化した。1980年以来 29年ぶりの大改訂だった。

改訂のポイントは 3つ。

FTC は連邦取引委員会法 5条 (不公正・欺瞞的な商慣行を禁止) の枠で、これを運用する仕組みを作った。米国はこの時点で、ステマを欺瞞表現として規制する法的根拠を整備していた

日本でペニーオークション事件が起きた 2012年、FTC ガイドはすでに 3年運用されていた


11年の沈黙

ペニーオークション事件後、日本でステマ規制の必要性は何度も指摘された。

2017年 2月 16日、日本弁護士連合会 (日弁連) が「ステルスマーケティングの規制に関する意見書」を公表する。「広告であることを表示しない宣伝活動は、消費者の自主的かつ合理的な選択を阻害する。景表法による規制を導入すべき」── 日弁連の提言は明確だった。

だが規制は動かなかった。理由は複数あった。

5年が経過し、状況が変わった。SNS・YouTube・Instagram の影響力が拡大し、インフルエンサーマーケティングが急成長。ステマ的な投稿が事実上の主流マーケティング手法になりつつあった。「自主規制では追いつかない」という消費者団体の声が大きくなった。

2022年 9月、消費者庁は「ステルスマーケティングに関する検討会」を設置。座長は中央大学の中川丈久教授。9月から 4ヶ月、5回の会合を経て、12月 28日に最終報告書を公表。「ステマ規制を景表法 5条 3号 (内閣総理大臣の指定する不当表示) に追加すべき」 という結論を出した。

2023年 3月 28日、消費者庁は 内閣府告示第19号「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」 を公表。同時に運用基準も整備。

2023年 10月 1日、施行。

ペニーオークション事件から 11年と 9ヶ月。米 FTC のブロガーガイドから 14年。日本のステマ規制は、これでようやく景表法の中に位置を得た。


11年の意味と、課徴金対象外

新しいステマ規制は、景表法 5条 3号で内閣総理大臣が指定する不当表示の 7類型目 として位置づけられた (告示は 1973年「無果汁の清涼飲料水の表示」が最初、後の改正で順次追加)。

規制内容は次のとおりである。

ただし、ペニーオークション事件のような事案で「11年遅れの規制」が完全に対応できるか、というと留保がある。ステマ規制違反には課徴金が課されない

景表法は 2014年改正 (2016年 4月施行) で課徴金制度を導入したが、対象は 優良誤認 (5条 1号) と有利誤認 (5条 2号) に限定された。5条 3号の指定表示 (= ステマを含む 7類型) は課徴金の対象外 である。違反した広告主に出されるのは 措置命令 (是正命令 + 公表) のみ。罰則の歯としては、他の景表法違反より弱い。

ペニーオークション事件の運営者は刑事 (詐欺罪) で懲役 3年執行猶予 5年を受けた。仮に現代で同じ事件が起きた場合、芸能人 8人にステマを依頼した広告主は措置命令を受けるが、課徴金は課されない。「11年経って規制ができた、だがまだ歯は欠けている」 という現状である。


タイムラインは沈黙しなかった

法律は、いつも勝者が出た翌朝に作られる。本シリーズで繰り返してきた命題は、ペニーオークション事件にも当てはまる。

2010年 12月、8人のタレントが「友達から教えてもらった」と書いた瞬間、彼らは規制の隙間で勝者になった。報酬を受け、ブログ閲覧数を稼ぎ、消費者を新サービスに送り込んだ。勝者が出た翌朝、ではなく翌週、2010年末から 2011年正月にかけての連鎖で、勝者は確定した。

その翌朝に作られるはずだった法律は、11年遅れた。なぜか。

ステマは、表示そのものが嘘ではない場合がある。「タレントが商品を褒める」行為自体は虚偽ではないからだ。優良誤認・有利誤認の枠では、嘘の言明を取り締まる発想で組まれているため、「中立な発信を装う」という嘘の構造を捉えきれない。

米 FTC は 2009年にこの構造に名前を与えた ── material connection の disclosure (利害関係の開示)。商品との金銭的・物質的関係を隠した推薦は欺瞞であり、表示主体は開示義務を負う。

日本の景表法 5条 3号 7項は、14年の時間差を経て、この concept を翻訳した。「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」 ── 長い日本語だが、米 FTC の "material connection disclosure" の同義語である。

そして規制は来た。SNS が消費者問題の主役になった 2011年から数えれば、12年経っていた。ペニーオークション事件から数えれば、11年と 9ヶ月。

11年沈黙したのは法律だった。SNS のタイムラインは沈黙しなかった。


FAQ

ペニーオークション詐欺事件はいつ起きましたか?

2012年 12月 7日に京都府警・大阪府警がワールドオークション運営会社の役員 1人と社員 3人を詐欺罪で逮捕した事件です。2010年 6月から 2012年までの被害総額は約 6,000万円。捜査過程で芸能人 8人による有償のステマ (ほしのあき 30万円、綾部祐二 5万円、小森純 40万円ほか) が判明し、社会問題化しました。2013年 5月 24日、京都地裁が主犯に懲役 3年執行猶予 5年、社員 3人に懲役 1年 6月執行猶予 3年の判決を出しました。

なぜ当時、芸能人のステマは景表法で取り締まれなかったのですか?

当時の景表法 5条は「優良誤認」(商品内容が著しく優良と示す表示) と「有利誤認」(取引条件が著しく有利と誤認させる表示) しか禁じていなかったためです。芸能人が「自分で落札した」と嘘を書く行為は、商品の品質や価格を直接偽るものではなく、優良・有利誤認には該当しません。「ステマだから違反」という独立した条文が無く、消費者庁は最終的に措置命令を出しませんでした。

ステマ規制 (景表法 5条 3号 7項) はいつ施行されましたか?

2023年 10月 1日に施行されました。根拠は 内閣府告示第19号「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」 で、景表法 5条 3号 (内閣総理大臣が指定する不当表示) の 7類型目として位置付けられました。違反した広告主には措置命令が出されますが、課徴金は対象外 です。

米国のステマ規制と何年差がありますか?

米 FTC は 2009年 10月 5日に「広告における推薦と証言の利用に関するガイド」(16 CFR Part 255) を改訂し、ブロガーが対価を受けた商品レビューでの開示義務を制度化しました。日本の 2023年施行は 14年遅れ です。ペニーオークション事件 (2012年) と比較しても、米国はすでに 3年運用済みで規制根拠を持っていた一方、日本は事件後 11年沈黙していました。

現在の SNS マーケティングで気をつけることは?

景表法 5条 3号 7項は 広告主に表示の責任を課しています。インフルエンサーへの依頼投稿、第三者を装ったレビュー、アフィリエイト広告で「#PR」表記を欠く投稿、報酬を受けた SNS 投稿で広告と分かりにくい表示などが対象になります。違反すれば措置命令 (是正と公表) を受けるため、依頼内容を契約書で記録し、投稿側に「#PR」「#広告」等の明示表記を義務化する運用が必要です。