景表法 読了 14 分

課徴金、2014年 — 景表法 52年目の制裁

2013年 10月 7日、阪急阪神ホテルズが「芝エビ」と称してバナメイエビを 7年半提供していたと発表した。47品目、約 79,000人。続いて高島屋、近鉄、リッツカールトン大阪 ── ホテルと百貨店の高級レストランで偽装の連鎖が起きた。

当時の景表法には制裁手段がなかった。措置命令で「やめる」ことは命じられても、不当に得た売上を吐き出させる仕組みがない。罰金は法人で最大 300万円。1962年の制定から 52年、景表法は牙を持たない法律だった。

2014年 11月 27日、景表法改正案が成立し、課徴金制度が導入される。施行は 2016年 4月 1日。売上の 3%。10年後の 2024年、中国電力に過去最高 16億 5,594万円の納付命令が出るまでの経緯を辿る。

2013年 10月 7日、大阪のホテルで記者会見が開かれた。阪急阪神ホテルズの社長が頭を下げ、傘下 23ホテルのレストランで メニュー表示と実際の食材が違っていた と認めた。

「芝エビのチリソース」と書かれていたのは バナメイエビ。「ビーフステーキ」と書かれていたのは 牛脂注入加工肉。「九条ネギ」は普通の青ネギ。「鮮魚のムニエル」は冷凍魚。47品目にわたる偽装が、2006年 3月から 2013年 9月まで 7年半約 79,000人 の客に提供されていた。

ここから、ホテルと百貨店の連鎖発表が始まる。11月 5日に高島屋が大阪・京都・名古屋など 6店舗の 58品目で同様の表示違反を発表。続いて近鉄、リッツカールトン大阪、ザ・プリンス箱根、東京ディズニーランド系列のレストラン ── 高級店ほど偽装が出てきた。

消費者庁は 12月 19日、阪急阪神ホテルズ・阪神ホテルシステムズ・近畿日本鉄道の 3社に 景表法に基づく措置命令 を発令する。命令の内容は「再発防止策を講じよ」「適正表示を周知せよ」── つまり「もうやるな」だった。

不当に得た 7年半分の売上に対して、1円も吐き出させない。これが当時の景表法の限界だった。

これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 11本目である。1962年の景表法制定から数えて 52年目、初めて景表法が制裁手段を獲得する経緯を辿る。


措置命令だけだった 52年

1962年の景表法は、米国 FTC 法第 5条「不公正又は欺瞞的な行為又は慣行」(1938年 Wheeler-Lea 法による追加部分) を参照源にしている (詳細: FTC、1914年)。

しかし、参照したのは禁止規定だけだった。制裁の仕組みは輸入されなかった

1962年版の景表法に書かれていた執行手段は、当時の公正取引委員会による 「排除命令」 (1972年改正で「排除措置命令」、2009年消費者庁移管後に「措置命令」へ呼称統一) のみ。命令の内容は次の 3つに限られた。

つまり「やめろ」と言って終わりである。違反者が違反期間中に得た売上は、そのまま事業者の手元に残る。命令に違反すれば刑事罰 (2年以下の懲役または 300万円以下の罰金、法人重課で最大 3億円) があるが、これは 命令違反に対する罰 であって、虚偽表示自体に対する制裁ではない

なぜこの建付けだったのか。1962年の立法時、景表法は 「公正な競争秩序を守る経済法」 として設計された。被害者を救う民事の仕組み (民法 709条の不法行為、消費者契約法 4条の取消し) や、悪質な詐欺の刑事罰 (刑法 246条の詐欺罪) が別にある、という理屈である。景表法は 競争を歪める表示を行政が止める ことに専念し、それで足りるとされた。

しかしこの建付けは、現実の事業者行動と噛み合わなかった。

不当表示で 10億円の売上を作って、措置命令が出たら「再発防止します」と頭を下げる。10億円は手元に残り、課されるのは違反期間中の広告費にも満たない金額だけ。虚偽表示は割に合う行為 だった。「儲けたもん勝ち」の構造を、景表法は 52年間そのままにしていた。


独禁法は 37年前に課徴金を持っていた

実は隣の領域には、ずっと前から強力な制裁手段があった。

1977年 6月 1日、独占禁止法に 課徴金制度 が導入された。1947年の独禁法制定から 30年目の改正で、カルテルを抑止するために売上に応じた金銭的不利益を課す仕組みが作られた (詳細: 自主規制とカルテル)。

導入の発端は 1973年の石油危機 だった。石油元売り 12社が一斉に値上げした 「ヤミカルテル」 が摘発され、刑事訴追まで進んだが、刑事罰の罰金額が経済的不利益として小さすぎることが問題視された。

仮にカルテルで 100億円の不当利得を得ても、独禁法の罰金は当時最大 500万円。「儲けたもん勝ち」を防げない。同じ批判が、後に景表法でも繰り返される。

1977年改正で独禁法は次の仕組みを獲得した。

これにより独禁法は、刑事罰と並行する 経済的サンクション を持った。1977年から 2014年まで運用が積み重なり、2023年に中国電力に出された 707億円 の課徴金は、その延長線上にある。

同じ「不当な利得を吐き出させる」発想が景表法に来るまで、37年 かかった。


2009年、消費者庁の発足が動かしたもの

2009年 9月 1日、消費者庁が発足した。景表法の所管は公正取引委員会から消費者庁に移った (詳細: 消費者庁、2009年)。

移管直後、消費者庁は景表法の 制裁強化 を内部検討項目に挙げる。福田康夫の宿願で生まれた消費者庁は「消費者の被害を救う」ことを設計思想の中核に置いた組織だった。景表法が違反者の不当利得をそのまま残す建付けは、この思想と噛み合わない。

しかし発足直後の消費者庁は、移管事務と人員整備で手一杯だった。具体的な改正検討が始まるのは、消費者庁発足から 4年後 ── 2013年の食品偽装ラッシュが起こすまで、議論は前に進まない。

2013年の阪急阪神ホテルズ事件は、消費者庁が初めて全国的な大型事案を捌いた経験 でもあった。発足から 4年、消費者庁は措置命令を 3社に出し、報道は連日トップで扱われた。

しかし命令を出した側の消費者庁にも、限界が見えた。「7年半、7万 9,000人を欺いた事案にも、措置命令以上の手段がない」。世論は当然「これで終わりか」と問うた。

この空気が、改正の政治的推進力になった。


諮問、答申、改正 — 2013-2014

2013年 12月 9日、内閣総理大臣は 消費者委員会 に対して、景表法の 不当表示規制の実効性を確保するための課徴金制度の導入 について諮問した。

諮問を受けて消費者委員会内に設置された 「景品表示法における不当表示に係る課徴金制度等に関する専門調査会」 が、2014年前半に集中審議を行う。論点は次のとおりだった。

専門調査会の答申は、「被害回復の観点を制度に組み込む」 という景表法独自の設計を打ち出した。独禁法の課徴金は 「カルテルの抑止」 だけが目的だったが、景表法の課徴金は 「抑止 + 被害回復」 の二輪で設計する。これが米国の罰金型制裁とも、独禁法の純粋抑止型ともずれた、日本の景表法独自の建付けになる。

2014年 10月 24日、第 187回臨時国会に 「不当景品類及び不当表示防止法の一部を改正する法律案」 が提出された。

11月 19日、参議院本会議で可決成立。11月 27日に公布。平成 26年法律第 118号。施行は 1年 6ヶ月以内の政令指定日として、2016年 4月 1日 に決まる。


売上の 3% — 牙の形

2016年 4月 1日に始まった景表法の課徴金制度は、次のような姿をしていた。

対象行為

5条 3号 (内閣府告示で指定する不当表示 ── おとり広告、不動産のおとり、原産国表示、無果汁飲料、有料老人ホーム、商品の販売数量表示など) は 対象外 とされた。3号告示の射程は告示ごとに性質が大きく異なり、一律 3%の算定が馴染まないと判断されたためである。

算定式

``` 課徴金額 = 違反行為対象商品の売上額 × 3% ```

対象期間は違反行為の 始まりから終わりまで (最大遡及 3年)。3%という率は、独禁法の課徴金率 (基本 10%、製造業) より低めに設定された。景表法違反は独禁法のカルテルより悪質性が低いという法制局判断が反映された数字である。

免除と減免

特に 自主返金による減免 は景表法独自の仕組みである。独禁法の課徴金は被害者個別への返金とは紐づかない (消費者は別途、民事訴訟で救済を求める)。景表法は消費者庁発足の経緯から「被害者を救う」ことを正面に据え、行政制裁の中に被害回復のインセンティブを織り込んだ。

これが 2016年 4月 1日以降の景表法に生えた 牙の形 である。


牙が試された 10年

施行から 10年、課徴金は実際にどう運用されたか。注目すべき事案を 3つ挙げる。

フィリップモリスジャパン (2020年 6月 24日) ── 加熱式タバコ アイコス のコンビニ店頭広告で、「期間限定割引」キャンペーンを 2015年 9月〜2018年 5月の 2年半にわたり常態化。期限経過後も「大好評につき期間延長」と書き換えて繰り返した有利誤認。課徴金 5億 5,274万円。施行後、初の 5億円超え事案だった。

メルセデス・ベンツ日本 (2024年 3月) ── 一部車種のオプション装備を「標準装備」と表示。標準ではないオプションを買わせる導線になっていたと認定。課徴金 12億 3,097万円

中国電力 (2024年 5月 28日) ── 自由料金プラン「スマートコース」「シンプルコース」を「規制料金より安くなる」と広告したが、燃料費調整額の計算ルールが規制料金とは異なり、実際には自由料金の方が高くなる期間が長かったと認定。違反期間 (2022年 4月 1日〜2023年 1月 12日) の対象売上 552億円に対して 16億 5,594万円課徴金制度導入後の過去最高額である。

中国電力の事案は、景表法 52年の構造を逆転させる象徴的な事案だった。1962年の景表法では、552億円の売上を作ろうが措置命令で「やめろ」と言って終わり。2016年以降の景表法では、3%の 16億円が国庫に納められる

「儲けたもん勝ち」の構造が、消えた。


課徴金が及ばない領域

ただし、2014年改正で 全てが課徴金対象になったわけではない。

3号告示 (おとり広告など) は対象外として残った。3号告示は内閣総理大臣 (実務上は消費者庁長官) が告示で個別指定する不当表示で、現在 7つある (おとり広告、原産国表示、無果汁飲料、不動産のおとり広告、商品の販売数量表示、有料老人ホーム表示、ステマ規制)。

注目すべきは、2023年 10月 1日施行のステマ規制 (景表法 5条 3号 7項)課徴金の対象外 であることだ。

ペニーオークション事件 (2012年) を発端に 11年の検討を経て生まれたステマ規制は、3号告示の枠組みで作られた (詳細: ペニーオークション、2012年)。3号告示は課徴金対象から外れているため、ステマ違反は 措置命令と命令違反罰 で運用される。2024年現在、ステマ規制違反で課徴金が課された事例は ゼロ である。

これは制度設計上のミスではない。3号告示は「事業者が表示の不当性を自分で判断しにくい」類型を扱う。違反の故意・過失が立証しにくく、3%という一律算定が酷になりうる。最初に措置命令で類型を明確にしてから、必要なら個別に課徴金対象に格上げする ── これが現在の運用方針である。

つまり 2014年改正で景表法は牙を持ったが、全ての違反に牙を立てるわけではない。優良誤認・有利誤認という 「事業者が表示の根拠を持っているはず」 の領域に限って、3%の制裁が動く構造になっている。


1962年と 2014年、2回の翌朝

1962年から 2014年まで、景表法は 52年 措置命令だけで運用された。1977年に独禁法が課徴金を獲得してから 37年、消費者庁発足から 5年。阪急阪神ホテルズの 79,000人と 47品目が、ようやくこの空白を埋めた。

ニセ牛缶事件で景表法が生まれた 1962年 (詳細: ニセ牛缶、1962年)、それは違反行為を 「やめさせる」ための法律だった。54年後、それは違反者から 「吐き出させる」 法律にもなった。

法律は、いつも勝者が出た翌朝に作られる。1962年の翌朝には、ニセ牛缶を缶詰の棚から消す法律ができた。2014年の翌朝には、ホテルの偽装メニューが残した利得を国庫に戻す仕組みができた。同じ法律の同じ朝が、2回繰り返されたことになる。

次の朝はいつか。ステマ規制が課徴金対象に格上げされる日か、3号告示の整理統合か、ネット広告固有の類型 (アフィリエイト、ダークパターン、AI 生成広告) が新しい告示として立つ日か。勝者が出た翌朝は、まだ訪れていないだけで、いずれ来る。


FAQ

景表法の課徴金はいつから始まりましたか?

2014年 11月 27日に公布された改正景表法 (平成 26年法律第 118号) により導入され、2016年 4月 1日から施行されました。発端は 2013年 10月の阪急阪神ホテルズによる食品メニュー偽装事件で、47品目・79,000人提供という大規模事案に対して当時の景表法では措置命令しか出せなかったことが、改正の政治的推進力になりました。

課徴金の金額はどう計算しますか?

違反行為の対象となった商品・サービスの売上額 × 3% が基本算定式です。対象期間は違反行為の始まりから終わりまで (最大遡及 3年)。算定額が 150万円未満なら不課徴 (対象売上が約 5,000万円未満の小規模違反は対象外)。違反を自主申告すると 50%減額、被害者への自主返金を行うと返金額が課徴金から差し引かれます。

全ての景表法違反が課徴金対象ですか?

いいえ。5条 1号 (優良誤認表示) と 5条 2号 (有利誤認表示) のみ が課徴金対象です。5条 3号 (内閣府告示による指定) は対象外で、これにはおとり広告、原産国表示、無果汁飲料表示、有料老人ホーム表示、2023年施行のステマ規制 などが含まれます。3号告示は事業者が表示の不当性を判断しにくい類型のため、当面は措置命令と命令違反罰で運用されます。

景表法と独占禁止法の課徴金は何が違いますか?

独禁法の課徴金は 「違反行為の抑止」 のみが目的で、率は基本 10% (製造業の場合)。景表法の課徴金は 「抑止 + 消費者被害回復」 が目的で、率は一律 3%。景表法には 自主返金による減免 という独禁法にない仕組みが組み込まれており、事業者が違反期間中の購入者に返金すると、その金額分の課徴金が差し引かれます。これは 2009年発足の消費者庁の設計思想 (消費者被害の救済) を制度化したものです。

課徴金の過去最高額はいくらですか?

2024年 5月 28日、消費者庁が中国電力に出した 16億 5,594万円 が過去最高です。自由料金プラン「スマートコース」「シンプルコース」を「規制料金より安くなる」と表示したが、燃料費調整額の計算方式が異なり実際には自由料金の方が高くなる期間が長かったと認定されました。違反期間 (2022年 4月 1日〜2023年 1月 12日) の対象売上 552億円に対して、3%の算定で 16億 5,594万円となりました。直前まで過去最高だったのは 2024年 3月のメルセデス・ベンツ日本 (12億 3,097万円) です。