東京で盲腸の手術を受けると、技術料は 6,740点 = 67,400円だ。
これは「点数表」で決まっている。1点 = 10円。手術料のほか、入院費・薬代・検査料はそれぞれ別の点数で算定される。だが医師の 手術技術そのものに支払われるのは、わずか 7万円弱。
米国で同じ手術を受けると 約 600万円かかる ── 約 80倍の差だ。
なぜここまで違うのか。
日本では、医療の値段は 市場で決まらない。中央社会保険医療協議会 (中医協) ── 1950年発足、70年超の歴史を持つ20人の会議室が、2年に1度、すべての医療行為の値段を決めている。
仕組みはこうだ。1点 = 10円(1958年から固定、計算便宜のため) という換算で、6,000余りの医療行為それぞれに 点数が割り当てられる。改定は単価ではなく 点数の側を動かして物価追従する設計だ。
問題は、その 追従が間に合っているか。2002-2024年の22年間で 本体改定の累積は約 +6%、同期間の CPI は約 +8-10%、賃金 (大企業) は約 +15%。点数は動いているが、物価・人件費に追いつけていない。2024年度に 病院の74.6%が赤字になったのは、その結果だ。
これは GuidelineChecker のコラム。前回 5つに分かれた皆保険 で「誰が払うか」(財源構造) を解剖した。今回は「何にいくら払うか」── 診療報酬の構造と70年の歴史を辿る。**武見太郎の闘い**、2024年6月延期、2026年の32年ぶり 2%超まで。
1950年、20人の会議室が誕生した
中医協 (中央社会保険医療協議会) の発足は 1950年。
| 中医協の構成 (現行) | 人数 |
|---|---|
| 支払側委員 | 7名 (健保連・協会けんぽ・経団連・連合等) |
| 診療側委員 | 7名 (日医推薦5・歯科医師1・薬剤師1) |
| 公益委員 | 6名 (国会同意人事、学識経験者) |
| 専門委員 | 10名以内 (各部会) |
会長は 公益委員から選出(現会長: 小塩隆士 一橋大経済研究所、2020年〜)。
建前は「支払う側」と「提供する側」の労使協議だが、実態は 公益委員裁定で決着する。武見太郎時代 (1957-1982年 日医会長) は日医が強烈な圧力を持って改定を引き上げてきた。
歴代会長 (公益委員)
| 名前 | 在任 | 出身 |
|---|---|---|
| 遠藤久夫 | 2008-2011 | 学習院大経済学部 → 学長 (2024-)、社会保障審議会会長 |
| 森田朗 | 2011-2014 | 東大法学部、行政学 |
| 田辺国昭 | 2015-2020 | 東大公共政策大学院 |
| 小塩隆士 | 2020- | 一橋大経済研究所 |
そしてこの20人が、6,000余りの医療行為の点数を 2年に1度決めている。
ただし、20人が無から点数を決めているわけではない。実際には マクロ (改定率枠) → ミクロ (個別点数) の2段階構造で、上には政治決定、下には学会のデータ的根拠がある。中医協は その間で配分を裁定する組織だ。
点数はどう決まるか ── マクロとミクロの2段階
段階1: マクロ ── 改定率は政治が決める
毎回 改定前年の 11月-12月、診療報酬の「改定率」が政治決定される。
| 主な input | 内容 |
|---|---|
| 医療経済実態調査 | 2年に1度実施。病院・診療所の収益・費用・利益率を厚労省が直接調査。改定の前年に集計し、改定の最大の根拠データになる |
| 経済財政諮問会議 | 「骨太の方針」で改定の大枠 (抑制基調か拡張基調か) を打ち出す |
| 厚労相・財務相折衝 | 11-12月に大臣レベルで具体的な改定率を詰める |
| 閣議決定 | 12月後半、ネット改定率・本体・薬価の内訳が確定 |
つまり「改定率の枠」── ネット +2.22%、本体 +3.09%、薬価 -0.87% のような数字 ── は 政治決定だ。中医協はこの枠を受け取ったあとに、6,000余りの項目に 配分する。
段階2: ミクロ ── 個別点数は学会試案+政策誘導+中医協
枠が確定したあと、中医協は各項目の点数を決める。ここで重要なのが 学会のデータだ。
| 学会組織 | 設立 | 役割 |
|---|---|---|
| 外保連 (外科系学会社会保険委員会連合) | 1967年 | 100以上の外科系学会の連合。外保連試案で各手術の所要時間・術者数・難易度から「1分単価」を算定し提示 |
| 内保連 (内科系学会社会保険連合) | 1971年 | 内科系学会の連合。内科手技 (内視鏡・カテーテル等) の試案を提示 |
| 各学会個別 | - | 専門領域の点数要望を直接提出 |
たとえば 虫垂切除 (盲腸手術) 6,740点は、外保連試案では「術者2人・所要時間約60-90分・技術度C」相当として、学会データに基づく試案価格が出ている。実際の点数は学会試案より低く、外保連試案価格の 50-65%程度に圧縮されている (改定率枠の制約のため)。
入院料は看護配置で段階設定
入院基本料は 看護師の配置比率で点数が変わる。例えば 2024年改定の 急性期一般入院料 1(7対1 = 患者7人に看護師1人) は 1,688点/日、10対1は 1,398点、13対1は 934点 ── このように 施設基準が段階を作っている。
加算は政策誘導
「○○加算」「○○評価料」は 政策の意図を点数に乗せる仕組みだ。
| 加算名 | 目的 |
|---|---|
| ベースアップ評価料 (2024) | 医療従事者の賃上げ |
| 医療DX推進体制整備加算 (2024) | マイナ保険証普及 |
| 地域包括ケア病棟入院料 | 在宅医療への移行誘導 |
| 回復期リハビリテーション加算 | 急性期からのスムーズな転院 |
| オンライン診療料 (2018-) | 遠隔医療普及 |
つまり「点数 = 学会の積算 + 政策の意図 + 改定率枠の制約」── これがミクロ決定の実態だ。
構造上の歪み
この2段階構造には固有の問題がある。
- 学会試案 vs 実際の点数のギャップ ── 外保連は「これだけの技術と人員が要る」と試算するが、改定率枠で 圧縮される。「適正価格」が枠に阻まれる構造
- 政治決定が上限 ── マクロ改定率が低ければ、ミクロでいくら積み上げても全体は増えない
- 加算の積み上げ複雑化 ── 政策誘導加算が増え続け、点数表は近年6,000項目超 (1958年は約800項目)。算定要件が複雑化し、医事会計の負担が増大
これが「20人の会議室」の実像だ。20人で決めているのではなく、政治・学会・厚労省・中医協の4者構造で決まっている。
点数は動く、物価に追いつかない
前章で見た通り、点数は 改定率枠 (政治) → 学会試案 + 政策誘導 (中医協) という 2段階で決まる。問題は、こうして配分された点数の動きが、物価・人件費に 追いついているかだ。
22年累積で見る、追従の遅れ
2002-2024年の本体改定 (技術料) の累積を計算すると、こうなる。
| 期間 | 改定率の累積 | 比較 |
|---|---|---|
| 本体 (技術料) 累積 (2002-2024) | 約 +6% | (点数表のベース引上げ分) |
| 同期間 CPI (消費者物価) | 約 +8-10% | (2024年は前年比 +2.7%) |
| 同期間 賃金 (大企業) | 約 +15% | (毎月勤労統計、現金給与総額) |
| 同期間 病院光熱費 | +20-30% | (電気・ガス・燃料、2022年以降急騰) |
22年間で点数のベースは約 +6%しか上がっていない。一方、賃金は +15%、光熱費は +20-30%。「点数を上げているから大丈夫」は 数字としては成立しない。
そして 2023-2024年の物価高 (CPI +約4%) に対して、2024年改定本体は +0.88% ── 単年で見ても 3%以上のギャップが開いた。この乖離が、後の章で見る 病院 74.6%赤字 の根本原因だ。
武見太郎、13.7%を勝ち取る ── 1971年保険医総辞退
中医協の歴史を変えた最大の事件が、1971年7月の保険医総辞退だった。
1961年皆保険の記事 で扱った通り、武見太郎 (日医会長、1957-1982年) は中医協を離脱し、保険医登録を返上(=保険診療を拒否) を全国で断行。約 12万人の保険医のうち 7万人超が参加、1971年7月1日から 31日まで 1か月続いた。
患者は窓口で 全額自己負担を立替え、後日「療養費」として保険から還付を受ける ── 法的には医療アクセスは止まらない設計だった。だが立替負担で受診は大幅に減少した。
7月28日、佐藤栄作首相・斎藤昇厚相・武見の3者会談で 12項目合意。武見は7月31日、臨時代議員会で総辞退の収拾を宣言。
そして同年 12月22日深夜の中医協で、診療報酬を 13.7%引き上げで決着。これは戦後の改定史上、最大級の引上げだった。
1961年皆保険発足以来、「保険診療では医師が食えない」という診療側の不満が、武見の闘争で初めて報酬に反映された瞬間だった。
2002年、初めての「マイナス改定」
武見退任 (1982年) から 20年。改定史の流れが大きく変わったのが、2002年だった。
小泉純一郎政権下、改定史上初の 総額 -2.7% (本体 -1.3%、薬価等 -1.4%) が答申された。
| 年 | ネット改定率 | 本体 | 薬価等 | 政権 |
|---|---|---|---|---|
| 2002年 | -2.7% | -1.3% | -1.4% | 小泉 (初のマイナス) |
| 2004年 | -1.0% | ±0 | -1.0% | 小泉 |
| 2006年 | -3.16% | -1.36% | -1.8% | 小泉 (過去最大の引下げ) |
| 2008年 | -0.82% | +0.38% | -1.2% | 福田 |
| 2010年 | +0.19% | +1.55% | -1.36% | 民主党 (10年ぶりプラス) |
| 2014年 | +0.1% | +0.73% | -0.63% | 安倍 (消費税対応) |
| 2016年 | -0.84% | +0.49% | -1.33% | 安倍 |
| 2018年 | -1.19% | +0.55% | -1.74% | 安倍 |
| 2020年 | -0.46% | +0.55% | -1.01% | 安倍 |
| 2022年 | -0.94% | +0.43% | -1.37% | 岸田 |
20年間の累積を見ると 「本体プラス・薬価マイナス・ネット ほぼマイナス」が基本構造になった。
医療費抑制の20年。診療側 (病院・診療所) は実質マイナスで推移し、医療現場の疲弊が積み上がっていく。
DPC制度 ── 出来高制から包括制へ
2003年、改定とは別軸で大きな変化が始まった ── DPC (Diagnosis Procedure Combination、診断群分類別包括評価) の導入だ。
出来高制 vs 包括制
| 仕組み | 内容 | リスク |
|---|---|---|
| 出来高制 (従来) | 各医療行為を個別に算定 | 過剰診療誘発 (検査・投薬の積み上げ) |
| DPC包括制 (2003-) | 1日当たり包括点数 (入院基本料・投薬・検査・画像・処置) + 出来高 (手術・麻酔・リハ) | 過小診療リスク、上昇度コーディング |
DPC の拡大
| 年 | DPC対象病院数 |
|---|---|
| 2003年4月 | 大学病院 82施設で開始 |
| 2010年 | 約 1,300病院 |
| 2024年6月 | 約 1,786病院・約 48万床 (急性期病棟の約 85%) |
DPC は 過剰検査・薬剤投与の抑制、平均在院日数短縮で効果を上げた一方、重症度を過大評価する「上昇度コーディング」や 退院後の再入院誘発等の副作用も生んだ。
そして包括点数も結局 2年改定で見直されるため、本体改定全体の引上げペースが物価に届かないという構造問題は出来高制と共通だ ── DPC は支払方式の改革であって、改定ペース問題の解決ではない。
外科医が消える ── 診療科間格差
診療報酬には、もう一つの構造的歪みがある ── 診療科間の報酬格差だ。
主要診療科別の平均レセプト点数
| 科 | 平均点数 | 備考 |
|---|---|---|
| 内科 (人工透析) | 9,820点 | 透析患者 1人月 1,000万円超 |
| 内科 (在宅医療) | 1,590点 | 訪問診療の評価が厚い |
| 外科 | 3位 | 虫垂切除 6,740点 ── 米国 600万円相当の手術 |
| 産科 | 出産は 保険適用外 | 一時金 50万円、異常分娩のみ保険 |
| 小児科 | 低単価 + 夜間休日多発 | 「子どもの値段が安すぎる」 |
「外科医が消える」現象
- 若手医師は 美容外科・自由診療にシフト ── 報酬が桁違い
- 消化器外科・心臓血管外科・小児外科は 崩壊寸前
- 美容外科医の年収は手術専門医の 2-3倍
2026年改定でようやく 「地域医療体制確保加算 2」が新設され、消化器外科・心臓血管外科・小児外科・循環器内科に特別手当が措置された ── だが「もう遅い」との声も。
地域偏在
- 東京: 人口10万あたり医師数 350人超
- 岩手・茨城: 200人未満
- 2022年厚労省調査: 無医地区 557(現代版)
地域別係数が存在しない(1963年に甲地・乙地が統一されて以来、全国一律) ことが地域格差是正の障害になっている。米国 Medicare は Geographic Practice Cost Index で都市部・地方の格差を調整するが、日本にはこの仕組みがない。
2024年改定 ── 6月延期と「賃上げ改定」
そして 2024年、改定の構造が変わり始める。
| 改定率 (2024年) | 内容 |
|---|---|
| ネット | -0.12% |
| 本体 | +0.88% |
| 薬価 | -1.00% |
| 材料 | -0.02% |
本体 +0.88%の内訳が画期的だった:
- +0.61%: 看護職員・病院薬剤師・他医療職の継続賃上げ
- +0.28%: 40歳未満勤務医・薬局薬剤師・事務職員の賃上げ
- -0.25%: 効率化・適正化
医療従事者の 賃上げに直接紐付けた改定 ── これを実装するために、ベースアップ評価料という新項目が設けられた。
史上初の6月施行
2024年改定は 史上初の6月施行(本来4月)。システム改修負担を考慮した異例の延期だった。決断したのは 武見敬三厚労相 (2023-2024年、武見太郎の三男)。
マイナ保険証加算
同時に 医療DX推進体制整備加算(マイナ保険証利用率に応じて 3区分) も新設。12月から 医療情報取得加算に一本化 (初診1点、再診1点)。
それでも病院は壊れた
2024年改定後の医療経済実態調査では:
| 2024年度 | 一般病院 |
|---|---|
| 医業赤字率 | 74.6% |
| 平均医業利益率 | -7.3% |
| 国立病院 | -5.4% |
| 公立病院 | -18.5% |
物価・人件費上昇に診療報酬が追いつかない構造が、コロナ後インフレで完全に露呈した。
2026年改定 ── 32年ぶりの 2%超
そして 2026年。
2025年12月24日、上野賢一郎厚労相が改定率を発表:
| 改定率 (2026年度) | 内容 |
|---|---|
| ネット | +2.22% (1994年以来 32年ぶり 2%超) |
| 本体 | +3.09% (2年度平均、1996年以来 30年ぶり 3%超) |
| 内訳 | 2026年度 +2.41% / 2027年度 +3.77% |
| 薬価 | -0.87% |
| 施行 | 初の段階適用方式 (2年で2回上げる) |
「32年ぶり 2%超」「30年ぶり 3%超」── 数字だけ見れば、診療報酬政策の 大転換だ。
だが、これは 病院経営の崩壊への緊急対応であって、構造の見直しではない。
| 構造的問題 | 2026年改定での扱い |
|---|---|
| 2年改定サイクル ── インフレ加速に即応不可 | 触らず (段階適用方式は中身ではなく刻みの変更) |
| インフレ連動の自動調整機構なし | 触らず (米仏独は持つ仕組み) |
| 診療科間・地域間格差 | 部分的に加算で対応するが解消せず |
| 薬価マイナス改定で本体プラスを相殺する慣行 | 継続 (薬価 -0.87%) |
点数のベースを引き上げて病院を救済する一方、改定サイクル・連動機構・薬価との相殺には踏み込まない ── これが 2026年改定の本質だ。
動く点数、追いつかない改定
序文に戻る。
日本では、医療の値段は 政治・学会・厚労省・中医協の 4者構造が 2年に 1度動かす 6,000余りの点数で決まる。「1点 = 10円」は計算便宜 (1958年から固定) であって、本質的問題ではない。問題は、点数のベースを動かす改定が物価・人件費に追いつかないことだ。
| 22年 (2002-2024年) の累積 | 数値 |
|---|---|
| 本体 (技術料) 改定累積 | 約 +6% |
| 同期間 CPI | 約 +8-10% |
| 同期間 賃金 (大企業) | 約 +15% |
| 同期間 病院光熱費 | +20-30% |
点数は動いている。だが物価・賃金には届かない。米Medicare は Conversion Factor を毎年改定、独 EBM は総枠規制、仏 T2A は DRG/PPS でインフレ連動するが、日本だけが「2年改定で点数を動かす」一本足で運用している。結果、2024年度に 病院の74.6%が赤字になった。
| 節目 | キーフレーズ |
|---|---|
| 1922年健康保険法 | ビスマルクのアメとムチ、39年遅れの日本版 |
| 1961年皆保険 | 武見太郎と戦後医療の闘い |
| 5つに分かれた皆保険 | 皆保険の中身は所属で違う |
| 本記事 (診療報酬と中医協 70年) | 点数は動く、改定が物価に追いつかない |
政治の改定率枠、学会の積算、中医協の配分、厚労省の告示 ── 4者がリレーで決める医療の値段が、日本の医療を支えてきた。だが、2年改定サイクル + インフレ連動なしを抱えたままでは、コロナ後インフレのような環境ではいずれ限界が来る。2026年の +2.22%は応急処置で、構造改革ではない。
医療の値段は、2年に 1度政治が枠を決めて中医協が配分するやり方で、急速なインフレに間に合うのか? ── 70年目の問いだ。
FAQ
診療報酬とは何ですか?
日本の公的医療保険で、医療機関に支払われる 医療行為の対価です。「点数」で表現され、1点 = 10円(1958年から不変)。中央社会保険医療協議会 (中医協) が 2年に 1度改定を答申し、厚労相が告示します。6,000余りの医療行為それぞれに点数が割り当てられています。例: 盲腸手術 6,740点 = 67,400円、初診料 291点 = 2,910円、再診料 75点 = 750円。米国の同種手術費 (約600万円) と比べて極端に安価です。
中医協とはどんな組織ですか?
中央社会保険医療協議会、1950年発足。支払側委員 7名 (健保連・協会けんぽ・経団連・連合等)、診療側委員 7名 (日医推薦5・歯科1・薬剤師1)、公益委員 6名 (国会同意人事、学識経験者) の計 20名。会長は公益委員から選出 (現会長: 小塩隆士、一橋大経済研究所)。任期 2年、厚労相が任命。建前は「支払う側」と「提供する側」の労使協議だが、実態は 公益裁定で決着します。武見太郎時代 (1957-1982) は日医が強烈な圧力を持って改定を引き上げてきた歴史があります。
個別の点数はどうやって決まるのですか?
マクロ (改定率枠) → ミクロ (個別点数) の2段階構造です。マクロ段階では、改定前年の 11-12月に 医療経済実態調査 (病院・診療所の経営状況、厚労省が直接調査)、経済財政諮問会議 (骨太の方針)、厚労相・財務相折衝を経て、ネット改定率と本体・薬価の内訳を 閣議決定します ── ここまでは政治です。ミクロ段階では、中医協がこの枠を受け取って 6,000余りの個別点数に配分します。技術的根拠は 外保連 (外科系学会社会保険委員会連合、1967年設立) の外保連試案 (手術の所要時間・術者数・難易度から1分単価を算定) や 内保連 (内科系学会社会保険連合、1971年) の試案。入院料は 看護配置比率 (7対1, 10対1, 13対1) で段階設定、加算は政策誘導 (ベースアップ評価料・医療DX加算等) です。「点数 = 学会の積算 + 政策の意図 + 改定率枠の制約」が実態で、学会試案価格は実際の点数の約 1.5-2倍 ── 枠に圧縮されています。
1点 = 10円が変わらないことが問題ですか?
直接の問題ではありません。1点 = 10円は1958年の新医療費体系移行時、そろばんしかなかった時代に複雑な係数を避けて採用された 計算便宜です。物価追従の仕事は「点数の側を動かす」ことで行う設計なので、単価固定そのものは構造的欠陥ではありません。問題は 点数のベース引上げが物価・人件費に追いついていないことです。2002-2024年の22年間で本体改定の累積は 約 +6%、同期間の CPI は約 +8-10%、賃金 (大企業) は約 +15%、病院光熱費は +20-30%。点数は動いていますが、ペースが足りない ── これが構造問題です。さらに 2年改定サイクル自体がインフレ急変に即応できず、米Medicare の Conversion Factor (毎年改定) や独 EBM の総枠規制のような インフレ連動の自動調整機構も日本にはありません。
なぜ 1点 = 10円は変わらないのですか?
1958年の 新医療費体系移行時、計算機もそろばんしかなかった時代に「複雑な係数を避けるため」単純な比例式 (1点 = 10円) が採用されました。1963年には地域格差 (甲地・乙地) も統一され、北海道の僻地でも東京・銀座でも 1点 = 10円となりました。以降、点数表の 各項目の点数を動かすことで物価調整するという運用が続いています。単価固定そのものは「計算上の便宜」であり、改定で動かすのは点数 (各医療行為の点数) の側です。動かし方が物価に追いついていないのが問題で、単価が固定されていること自体が問題ではありません。
1971年の武見太郎の保険医総辞退とは何ですか?
日本医師会長 武見太郎 (1957-1982年在任) が中医協を離脱し、全国の保険医に 保険医登録の返上を呼びかけて行った大規模な医師ストライキです。1971年7月1日から31日まで 1か月続き、約12万人の保険医のうち 7万人超が参加。患者は窓口で全額自己負担を立替え、後日「療養費」として還付を受ける設計で、法的には医療アクセスは止まりませんでした。7月28日に佐藤栄作首相・斎藤昇厚相・武見の3者会談で12項目合意、12月22日深夜の中医協で 診療報酬 13.7%引き上げで決着。戦後の改定史上最大級の引上げで、中医協の歴史を変えた事件です。詳細は 1961年皆保険の記事 で扱っています。
DPC制度とは何ですか?
DPC = Diagnosis Procedure Combination(診断群分類別包括評価)。2003年4月から大学病院 82施設で導入された、入院医療費の包括支払制度です。1日当たりの包括点数 (入院基本料・投薬・注射・検査・画像・処置) + 出来高 (手術・麻酔・リハ) という構造。2024年6月時点で約1,786病院・約48万床(急性期病棟の約85%)。過剰検査・薬剤投与の抑制、平均在院日数短縮で効果を上げた一方、重症度を過大評価する「上昇度コーディング」や 退院後の再入院誘発等の副作用も生みました。包括点数も 2年改定で見直されますが、本体改定全体の引上げペースが物価に追従しないという構造的問題は出来高制と共通です。
2024年改定の「賃上げ改定」とは何ですか?
2024年診療報酬改定は 本体 +0.88%(うち賃上げ専用 +0.89%、効率化 -0.25%) で、医療従事者の賃上げに直接紐付けた異例の改定でした。「ベースアップ評価料」という新項目が設けられ、職員給与アップを条件に算定可能。施行は 史上初の6月延期 (本来4月、システム改修負担考慮)。決断したのは武見太郎の三男・武見敬三厚労相 (2023-2024)。同時に 医療DX推進体制整備加算 (マイナ保険証利用率に応じて算定) も新設。だが2024年度の医療経済実態調査では、一般病院の74.6%が赤字、平均医業利益率 -7.3%、公立病院は -18.5% ── 賃上げ対応でも病院経営の崩壊は止まりませんでした。
2026年改定は何が画期的ですか?
2025年12月24日に 上野賢一郎厚労相が発表した 2026年度診療報酬改定は、本体 +3.09% (2年度平均、2026年度 +2.41% / 2027年度 +3.77%)、ネット +2.22%。「32年ぶり 2%超」(1994年以来)、「30年ぶり 3%超」(1996年以来) という大幅な引上げです。また 初の段階適用方式(2年で 2回上げる) を採用。背景は 2024年度の病院経営崩壊 (赤字74.6%) への緊急対応。ただし「2年改定サイクル」「インフレ連動の自動調整機構がない」「薬価マイナスで本体プラスを相殺する慣行」といった構造的問題には踏み込まず、点数のベースを引き上げる 対症療法に留まる、との指摘もあります。