公的制度 読了 23 分

5つに分かれた皆保険 ── 日本の医療保険、分立の矛盾と限界

VCスタートアップ健保8.98% vs 協会けんぽ佐賀10.78% vs 国保 ── 同じ現役でも所属で月額の負担が1万円以上違う。

健保組合の47.9%が赤字、解散すると国庫負担が逆に増える逆説、国保の平均年齢53歳。1961年皆保険から65年、分立のままの皆保険はどこへ向かうか。

目次 (10 章)
  1. 5つの保険制度を一望
  2. 健保組合が次々と消えていく
  3. 「健保組合解散」の逆説
  4. 国保という「受け皿」の悲鳴
  5. 一元化議論はなぜ実現しなかったか
  6. 海外はどうしているか
  7. 直近の改革は何を意味するか
  8. 「分立のままの皆保険」はあと何年もつか
  9. FAQ
  10. 参考文献

2024年6月、東京の VC (ベンチャーキャピタル) コミュニティが、独自の 健康保険組合を立ち上げた。

名前は VCスタートアップ健康保険組合。加入対象は VC投資先のスタートアップ企業の社員 5,000-6,000人。保険料率は 8.98% ── 中小企業向けの 協会けんぽ全国平均 10.00%、佐賀支部 10.78%より大幅に安い。

仕掛けはシンプルだった。若い社員だけを集めれば、医療費は安い。だから低料率で運営できる。

これは「選別主義」の極端な例だ。だが、日本の医療保険体制は、もともと「所属で違う」設計だった。

所属保険料率 (2025年)
大企業A社員組合健保約 9.31%
中小企業B社員 (佐賀)協会けんぽ10.78%
VCスタートアップ社員新設健保8.98%
自営業者C国民健康保険市町村次第 (前年所得ベース)
75歳以上後期高齢者医療制度都道府県均一

全く同じ仕事・同じ年収でも、所属で月額の負担が 1万円以上違うことが起きる。「皆保険」と言いながら、なぜこれほど違うのか。

これは GuidelineChecker のコラム 44本目。前々回 1922年健康保険法 で戦前のビスマルク模倣を、前回 1961年皆保険 で戦後の達成と武見太郎の闘いを辿った。本記事は 現代の到達点 ── 5つに分立したまま延命している皆保険体制の 矛盾と限界を解剖する。


5つの保険制度を一望

日本の公的医療保険は、5つの制度が並立している ── 国際的に見ても 異例の分立構造だ。

制度加入者数平均年齢保険料率国庫補助主な対象
組合健保約 2,800万人約 35歳9.31% (2024)なし (原則)大企業従業員
協会けんぽ約 4,000万人約 38歳10.00% 全国平均16.4%中小企業従業員
共済組合約 900万人約 34歳7-9%台なし国家・地方公務員、私学
国民健康保険約 2,500万人 (減少中)約 53歳市町村ごと国費約30%超自営業・無職・退職者・非正規
後期高齢者医療制度約 2,000万人75歳以上都道府県均一約 50%75歳以上

5制度それぞれの違い

組合健保: 大企業や同業者組合が 独自に設立する健康保険組合。約 1,380組合があり、それぞれが労使代表で 自営する。保険料率は組合ごと (3-13%の範囲)、独自の 付加給付 ── 出産育児一時金の上乗せ、人間ドック補助、傷病手当金上乗せ等 ── を 自由設計できる。最古の制度、1922年健康保険法が起点。

協会けんぽ: 中小企業の従業員向け。2008年10月に 政府管掌健康保険から独立法人化、全国健康保険協会 (47都道府県支部) が運営。保険料率は 都道府県別で、付加給付はなし (給付は法定通り)。国庫補助 16.4% が法律で組み込まれている。

共済組合: 公務員・私学教職員向け。国家公務員共済 (20組合) + 地方公務員共済 (64組合) + 日本私立学校振興共済 の3区分。1948年の国家公務員共済組合法以降に整備された。各組合が独自運営、付加給付あり。

国民健康保険: 自営業・無職・退職者・非正規等向け。市町村 (運営主体は2018年から都道府県、保険料賦課・徴収は市町村) が運営。1938年 (旧) 国民健康保険法が起点、1958年新国保法で現行体制。

後期高齢者医療制度: 75歳以上向け。都道府県広域連合が運営。2008年4月から発足、最も新しい制度。

「国庫補助 N%」の意味

各制度の 「国庫補助」は、給付費 (医療給付の総額) に対する国費の比率を指す。

例えば協会けんぽの「16.4%」は ── 健康保険法附則第5条で「給付費の 16.4%は国庫が負担」と定められた値。残りの 83.6%は保険料 (労使折半) で賄う。

制度給付費に対する公費比率
組合健保原則 0% (事務費補助のみ)
協会けんぽ16.4% (健康保険法附則第5条)
共済組合0%
国保50% (国 32% + 都道府県・市町村 18%)
後期高齢者医療制度50% (国 4 : 都道府県 1 : 市町村 1)

医療給付の何割を税金で賄うか」が制度ごとに大きく違う ── 加入者の負担能力差を国費で補填する設計だ。

5制度の違いを一表で

比較軸組合健保協会けんぽ共済組合国保後期高齢者
運営主体各健保組合全国健康保険協会各共済組合市町村+都道府県都道府県広域連合
設立法1922年健保法同 (2008年移管)1948年共済法1958年新国保法2008年高齢者医療確保法
国庫補助原則なし16.4%なし30%超約 50%
付加給付自由なしありなしなし
保険料率設定組合ごと都道府県別組合ごと市町村ごと都道府県均一
加入者の自営性労使代表で自営政府が一元運営各共済が自営自治体運営広域連合運営

なぜこんなに分かれているか。歴史的経緯が答えだ。

別々の時代に、別々の対象向けに作られた制度が、皆保険達成 (1961年) でも 統合されずに分立のまま存続。100年の継ぎ接ぎが、現代の歪みを生んだ。


健保組合が次々と消えていく

最も深刻なのは、組合健康保険 (組合健保) の財政破綻だ。

数字 (2024年度実績〜2026年度見込み)内容
2024年度の赤字組合660 / 1,378組合 = 47.9%
2026年度の赤字組合見込み約 7割
「解散水準」(料率 9.9%以上) に達する組合376組合 = 27.6% (予備軍含めて半数以上)
健保組合数の推移2010年 約 1,500 → 2024年 約 1,380 (減少傾向)

なぜ次々と解散するのか

健保組合の保険料収入の使い道を分解すると、こうなる。

用途2024年度2030年度見込み
加入者・家族の医療費約 50%約 50%
高齢者医療への拠出金 (後期高齢者支援金 + 前期高齢者納付金)約 40% (3兆8,591億円)約 45% (4.5兆円)
事業運営費・予防医療等約 10%約 5%

保険料の40%が、加入者ではなく外部 (高齢者医療) に流出している。健保連 (健康保険組合連合会) の試算では、2030年には団塊世代が80代に達し、拠出金は 約 4.5兆円規模に膨らむ。

健保連の佐野雅宏 代表 (2024年-) は明確に言う:

「医療費は年 2-3%の増加だが、拠出金がそれを上回るペースで保険料を押し上げている

スタートアップ健保という「離脱」現象

序文で触れた VCスタートアップ健康保険組合 (2024年6月発足) は、新時代の「選別主義」の象徴だ。

特徴VC健保協会けんぽ
加入対象VC投資先スタートアップの社員中小企業の社員
平均年齢30歳前後約 38歳
保険料率8.98%10.00% (全国平均)
結果低料率で運営可能高齢化で財政逼迫

健保組合は 「自分たちの加入者の医療費」を運営する設計だ。加入者が若く健康なら、料率は低くできる。逆に 高齢化した加入者プールには救済の手が薄い ── これが分立構造の本質だ。

VCスタートアップ健保は協会けんぽから「離脱」した存在で、その結果 協会けんぽには高齢化した中小企業が残る ── 協会けんぽの財政悪化を加速させる。


「健保組合解散」の逆説

健保組合が解散すると、加入者は 協会けんぽに自動移行する。協会けんぽには 国庫補助 16.4% が法律で定められている。

段階結果
1. 健保組合 (赤字でも国庫補助なし)解散
2. 加入者が協会けんぽに移行
3. 協会けんぽに国庫補助 16.4%が自動発生国の財政負担が増加

健保組合が赤字でも、解散したら国がもっと払う」── これが現代の構造的矛盾だ。

過去の象徴的事例

出来事
2018年9月人材派遣健保(加入者50万人) 解散決定 ── 国内最大級
2024-25年約 30-40組合が年間解散・統合
2026年見込み解散水準 (料率 9.9%超) 376組合、解散加速予測

厚労省のジレンマ

厚労省にとっては、どう動いても 国庫負担が増える

健保組合の解散を防ぐ手段がない」── これが厚労省内の苦悩として語られる。


国保という「受け皿」の悲鳴

健保 (組合・協会けんぽ・共済) は「現役で働く人」の保険だ。退職すると、多くの人は 国民健康保険に移る。

結果として、国保は本来「自営業・農民の保険」だったのが、現代では 退職者・無職・非正規の受け皿に変容している。

国保の現状 (2024-2025年)数字
加入者の 平均年齢約 53歳 (健保組合の約 35歳と 18歳差)
加入者構成無職 7割 + 非正規・自営業・退職者
1人当たり医療費健保組合の 約 2倍
都道府県化2018年4月から運営を市町村→都道府県に移行 (財政均等化が狙い)

退職時の「保険料倍増」

退職時の崖は深刻だ。

在職中 (健保)退職後の選択肢
労使折半で本人負担は保険料の 半分(1) 任意継続 (2年): 会社負担分が消え、本人が 全額負担=実質倍
(2) 国保移行: 前年所得ベースで初年度は高負担、2年目以降下がる

多くの退職者が「在職時の倍」の保険料に直面し、結果的に国保へ流入する。国保にとっては「医療費が高い退職者」の流入で財政圧迫が続く。

同じ年収でも住む市町村で違う

国保のもう一つの矛盾は、住む市町村で保険料が大きく違うことだ。健保 (組合・協会けんぽ・共済) が 所属企業の規模・業種で違うのに対し、国保は居住地基準で違う。

年収400万円・40代夫婦+子1人 (3人世帯) の場合の概算:

自治体類型年間国保保険料 (概算)月額換算
保険料の安い自治体 (沖縄県内、東京23区一部等)約 30-40万円約 2.5-3.3万円
全国中央値約 45-55万円約 3.7-4.5万円
保険料の高い自治体 (北海道・東北の高齢化進行地域等)約 60-70万円約 5-6万円

同じ条件でも、住む市町村で 年間 30万円以上の差が出る。引っ越しで保険料が大きく変わる ── 世界的にも珍しい構造だ。

市町村差の4つの理由

理由内容
医療費水準高齢者比率・慢性疾患患者数で1人当たり医療費が違う
賦課方式応能割 (所得比例)・応益割 (定額) の組み合わせが市町村ごと
法定外繰入一部自治体は 一般会計から国保会計に補填 (東京23区等)、保険料を抑制
加入者所得構成低所得者多い市町村は応益割を低く設定、結果として保険料水準も連動

2018年都道府県化の限界

2018年4月の国保都道府県化は、市町村格差を是正する狙いだった。だが運営主体は都道府県に移っても、市町村が 保険料賦課・徴収・資格管理を引き続き行うため、格差は残った。

都道府県の対応も分かれている:

都道府県方針
大阪府2024年から 保険料統一を推進 ── 府内市町村の保険料水準を揃える方向
東京都・神奈川県 等市町村独自性を維持 ── 法定外繰入も市町村判断

日本総研は指摘する:

「財源構成の骨格は 実質変わっていない。市町村が引き続き保険料賦課・徴収・資格管理を行うため、実質的な分立は残存している」

国保が「現役の保険」と「高齢者の保険」のあいだに挟まれた 構造的な袋小路にあることは、変わっていない。


一元化議論はなぜ実現しなかったか

分立構造の矛盾は、40年以上前から指摘されてきた。だが一元化は実現していない。

出来事
1980年代老人保健法 (1982) で財政調整 ── 「保険者間の財政調整」の始まり
1988年日本医師会が「医療保険制度の統合一本化」答申
2006年医療制度改革関連法 (小泉純一郎内閣) ── 後期高齢者医療制度の創設
2009年8月民主党政権発足、衆院選マニフェストで「後期高齢者医療制度の即時廃止」「医療保険一元化」を公約
2009年10月長妻昭 厚労相、即時廃止を 断念を表明
2010年9月-細川律夫 厚労相に交代、改革停滞
2012年12月自民党復帰 → 改革は 完全撤回
2012-2024年抜本的一元化議論は 事実上凍結

なぜ進まないか ── 各保険者の利害

主張する側論理
健保連 (大企業健保)大企業の保険料で他制度を救済するのは加入者の理解を得られない。独自の付加給付・予防医療投資が失われる
国保関係者現役世代の支援は当然、世代間連帯の維持を
共済組合 (公務員)独自の制度を維持したい
厚労省制度を一気に変えると混乱が大きい、慎重に進めるべき

武見家の系譜

象徴的なのが、武見敬三 ── 武見太郎の息子で、自民党参議院議員、2023年9月-2024年10月厚労相。マイナ保険証移行を推進したが、抜本的な保険体制改革には踏み込まなかった。

皆保険体制の守護」── 武見敬三が掲げる旗。父・武見太郎が 1961年に作り上げた皆保険体制を、現代に維持する保守の立場。だがその「守護」は、分立のままの維持を意味する。

分立を守ることで皆保険を守る」── これが現代の制度政治の核心だ。


海外はどうしているか

日本の「分立 + 公費補填 + 世代間連帯」モデルは、世界的に見ても 独自だ。主要国の医療保険体制と対比する。

英国 NHS ── 完全一元化の代償

税方式 (税 80%超 + 患者1%) で運営される 一元制度。原則無料、家庭医 (GP) 登録制で受診する。だが、コスト抑制優先の代償が表面化している ── 2024年に救急待ち時間で週 268人が死亡、12時間超の待機患者が 150万人に達した。

ドイツ ── 公的 GKV + 民間 PKV の二層構造

公的保険 Krankenkasse (GKV、約 100組合、7,000万人) と民間保険 PKV (900万人) が並立。2009年から皆加入義務化だが、高所得者は PKV を選択可能 ── 公的・民間で リスク選別問題が残る。日本ほど財源分立は深くない (財政調整は限定的)。

米国 ── 民間中心の限界

民間保険中心 + Medicare (高齢者) + Medicaid (低所得) の組み合わせ。2010年オバマケア (ACA) で皆保険化を目指したが、2024年無保険率 8.3% が残存。歴史的最低だが、ゼロには至らない。高額医療破産 (medical bankruptcy) が個人破産の主因の一つになっている。

オランダ ── 2006年改革で「管理競争」を導入

民間保険義務化 + 管理競争モデル。2006年改革で民間保険会社の競争で効率化を狙った。だが結果として 上位4社で90%シェアの寡占化、保険料上昇も進行中だ。

日本の独自性 ── 「分立 + 公費補填 + 世代間連帯」

これら4ヵ国に対し、日本は完全一元化 (英) でも、純粋な民間中心 (米) でも、管理競争 (蘭) でもない、独自の道を選んだ ──「5制度を維持しながら、後期高齢者財政調整で財源を移転する」という継ぎ接ぎ型。

各国の課題と引き換えに、日本は 分立による財政の歪みを抱え込んでいる ── これが現代の制度の独自性だ。


直近の改革は何を意味するか

2018年以降、いくつかの改革が動いた。だがいずれも 「分立構造そのもの」には踏み込まない小幅改革にとどまる。

改革内容
2018年4月国保都道府県化運営を市町村→都道府県へ。日本総研「実質変わらず」
2022年10月後期高齢者 2割負担導入一定所得層 (約 370万人) が対象
2024年12月マイナ保険証移行紙の保険証廃止、5制度すべてを技術で統合する試み
2025年9月末後期高齢者 2割負担 配慮措置終了月 3,000円上限が撤廃
2026年8月高額療養費上限引上げ当初2025年8月予定 → がん患者団体反発で 1年延期

マイナ保険証の壁

2024年12月の マイナ保険証移行は、技術で5制度の壁を薄める試みだった。

期待実態
カード1枚で全制度の医療を受けられる他人情報紐付けエラー」が 7,300件超 (2021-22年集計)
オンライン資格確認で事務効率化システムトラブル、医療機関の事務負担増
紙保険証の廃止既存保険証は2025年12月まで有効、その後「資格確認書」で代替、2026年7月まで延長

技術で制度の壁を薄める」試みは進んでいるが、「制度そのものを変える」改革は手付かずだ。

高額療養費引上げの紛糾

2025年8月実施予定だった高額療養費上限引上げは、がん患者団体の反発で1年延期 (2026年8月へ)。

立場主張
厚労省「制度持続性」のため、給付削減が必要
がん患者団体「治療継続性」を守れ、長期治療患者への配慮を
妥協同時に「年間上限」を新設 (年間で達したら以降は窓口負担ゼロ)

「給付を削るか、財源を増やすか」── 1973年の福祉元年以来、医療保険政策の根本ジレンマは変わっていない。


「分立のままの皆保険」はあと何年もつか

序文に戻る。

VCスタートアップ健保 8.98% vs 協会けんぽ佐賀 10.78% vs 国保自営業者 ── 同じ現役でも、所属で月額の負担が 1万円以上違う。

これは「皆保険」と呼ぶには 歪な構造だ。

1961年皆保険達成時2025年現在
3つの保険 (健保・国保・共済)5つの保険 (健保・協会けんぽ・共済・国保・後期高齢者)
全国民を保険で守る目標全国民が保険を持っているが、所属で大きく違う
武見太郎が「公益のためのストライキ」を闘った健保組合の 47.9%が赤字、解散ラッシュ

5つの未来シナリオ

シナリオ内容評価
A. 分立維持・公費追加投入健保組合解散加速 → 協会けんぽ膨張 → 国庫負担増 → 増税で対応延命のみ・持続不可能
B. 後期高齢者支援金引上げ健保組合の負担さらに増、解散加速結局 A に収束
C. 一元化健保連・経団連・連合の反対で実現困難 (民主党挫折の教訓)政治的に不可能
D. 給付削減 (高額療養費引上げ等)患者団体の反発、政治的に困難 (2026年延期)困難だが不可避
E. 自己負担増高齢者から反発、世代間対立激化困難だが不可避

短期的には A で延命している。だが 2030年に拠出金 4.5兆円、団塊80代到達で、A だけでは持たない。健保組合の半数が解散水準に達する。

最終的に避けられないのは D + E ── 患者団体・高齢者の反発を覚悟で、給付削減と自己負担増に踏み込むしかない

D・E を避けると何が起きるか ── 「自費診療の世界」

D・E に踏み込まず延命を続けると:

段階内容
1. 公費追加投入で延命財政赤字拡大、税収限界、国の財政信用低下
2. 保険制度の信用低下「保険で診療が受けられるか」への不信
3. 医療機関の保険診療回避自費診療優先、保険診療の縮小
4. 「自費診療が標準」の世界米国型の医療格差社会

実は既に兆候は表面化している:

保険でカバーできない領域」は確実に拡大している。D・E を意図的に選ばないことは、結果として E が形を変えて (=自費負担増として) 進行することを意味する。

選ばない選択肢はない」── これが現代の制度政治の現実だ。

65年目の問い

1961年皆保険から 65年。次の制度設計が問われている。

分立を維持したまま延命する」のか、「思い切った再編に踏み込む」のか ──

皆保険は日本の至宝」(武見敬三・2023年厚労相発言) という政治的合意は強い。だが、その至宝の 中身は確実に歪んでいく ── 健保組合は消え、国保は退職者の受け皿になり、後期高齢者制度は世代間支援に依存する。

節目キーフレーズ
1922年健康保険法ビスマルクのアメとムチ、39年遅れの日本版
1961年皆保険1.67億円の薬を、年収400万の患者が打てる仕組み
本記事 (5つに分かれた皆保険)皆保険の中身は所属で違う

ケンカ太郎」武見太郎が作り上げた仕組みは、息子の 武見敬三の代になっても続いている。だが、その仕組みは静かに、確実に、限界に近づいている。


FAQ

なぜ日本の保険は5つに分かれているのですか?

歴史的経緯です。1922年 健康保険法 (大企業労働者対象) → 1938年 (旧) 国民健康保険法 (農村対象) → 1948年 共済組合 (公務員対象) → 1961年 皆保険達成 (新国保法) → 2008年 後期高齢者医療制度創設 と、別々の時代に別々の対象向けに作られた制度が、皆保険達成後も統合されずに分立のまま存続しました。1980年代以降、繰り返し一元化が議論されましたが、各保険者の既得権と政治的合意の困難さで実現していません。

健保組合が解散するとどうなるのですか?

加入者は 協会けんぽ(全国健康保険協会、中小企業向け) に自動移行します。協会けんぽには国庫補助 16.4%が法律で定められているため、健保組合が解散すると国の財政負担が自動的に増える逆説が生じます。2024年度時点で健保組合 1,378のうち 47.9% (660組合) が赤字、2026年度には 27.6% (376組合) が「解散水準」(料率 9.9%以上) に達する見込みで、解散ラッシュが続いています。

退職すると保険料はなぜ上がるのですか?

在職中の健保は 労使折半で、本人負担は保険料の半分です。退職後の選択肢は (1) 任意継続 (2年間継続可、ただし会社負担分が消えて全額本人負担 = 実質倍)、(2) 国保移行 (前年所得ベースで初年度は高負担、2年目以降下がる)。多くの退職者が「在職時の倍」の保険料に直面し、結果的に国保に流入します。国保にとっては「医療費が高い退職者」の流入で、財政圧迫が続いています。

一元化すれば公平になるのですか?

理論的にはなりますが、実現は困難です。2009年衆院選で民主党が「後期高齢者医療制度の即時廃止」「医療保険一元化」を公約しましたが、2009年10月に 長妻昭 厚労相が即時廃止を断念、2012年自民党復帰で完全撤回されました。健保連 (大企業健保) は「大企業の保険料で他制度を救済するのは加入者の理解を得られない」と反対、国保関係者は「現役世代の支援は当然」と主張 ── 利害対立で動かなくなっています。海外では英国 NHS のような税方式一元制度もありますが、待機時間 (週 268人死亡) という別の課題を抱えています。

マイナ保険証は分立構造を解消するのですか?

しません。マイナ保険証は「技術で5制度の壁を薄める」試みで、カード1枚でどの保険でも医療を受けられるようにする仕組みです。2024年12月に紙の保険証が新規発行停止になりました。ただし、保険制度そのものは5制度のまま分立しており、加入者の所属・保険料・給付水準の違いは解消されていません。「他人情報紐付けエラー」が7,300件超発生するなど、技術的なトラブルも続いています。

高額療養費引上げはなぜ問題なのですか?

2025年8月実施予定だった高額療養費の月額自己負担上限引上げが、がん患者団体の強い反発で2026年8月に1年延期されました。論点は「制度持続性」(厚労省) vs 「治療継続性」(患者団体)。長期治療患者にとって自己負担上限は治療を続けられるかどうかの分岐点で、引上げは治療断念につながる懸念があります。妥協として同時に「年間上限」を新設 (年間で達したら以降は窓口負担ゼロ) する設計になりました。

VCスタートアップ健保は何が画期的なのですか?

2024年6月発足の VCスタートアップ健康保険組合は、VC投資先のスタートアップ社員だけを集めた新設健保で、保険料率 8.98% ── 協会けんぽ全国平均 10.00%より大幅に安い水準で運営しています。仕掛けは「若い社員だけ集めれば医療費が安い」というシンプルなロジック。協会けんぽ (中小企業向け) から「離脱」する選別主義の象徴で、結果として協会けんぽには高齢化した中小企業が残り、財政悪化を加速させる構造になっています。新時代の 「分立による選別」の例として注目されています。