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景表法が届かない広告 ── なりすまし、AI レビュー、そして規制の振り子(2024–2026)

画面の中で、前澤友作が投資をすすめていた。声も、顔も、本人にしか見えない。だが彼は、その言葉を一度も口にしていない。AI が合成した「実在しない本人」だった。

2024年、SNS 型投資詐欺の被害は871億円に達した。前年の3倍。だが、この広告に景品表示法はほとんど手が届かない。62年間「事業者の表示」を裁いてきた法律の、射程の外側で、AI 偽広告は爆発していた。

画面の中で、前澤友作が笑っていた。

投資の話だった。確実に儲かる、自分のコミュニティに入れ ── 本人の顔で、本人の声で、滑らかに喋っている。だが前澤友作は、その言葉を一度も口にしていない。顔も声も、AI が合成したものだった。実在する人物の、実在しない発言。

2024年、この種の広告が SNS を埋め尽くした。著名人になりすまし、AI で生成した「本人」に投資を勧誘させる。前澤友作は、自分の顔を使ったこれらの広告をめぐって、Meta を相手取る対応に追われた。

警察庁の集計によれば、2024年の SNS 型投資詐欺の被害は 6,413件、871億円。前年から件数は約3倍、被害額は約3.1倍に膨らんだ。その入口の多くが、なりすまし型の偽広告だった。

そして、この広告に対して ── 戦後62年、不当な広告を裁き続けてきた景品表示法は、ほとんど何もできない。


なぜ景表法は届かないのか

景品表示法が禁じるのは、条文の言葉で言えば「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示」のうち、不当なものだ。優良誤認(5条1号)、有利誤認(5条2号)、ステマ告示(5条3号)── どれも、この「事業者」と「表示」を入口にしている。

なりすまし型の偽広告は、その入口で、ことごとくすり抜ける。

景表法は、まっとうな事業者が自社の広告で嘘をつく、という世界を裁くために作られた。詐欺師が他人になりすます世界は、最初から守備範囲の外にある。

被害が871億円に達しても、消費者庁の措置命令は、この爆発にはほぼ無力だった。


主役が、消費者庁から移った

では、誰が手を打ったのか。景表法ではない、二つのルートだった。

一つは、総務省である。2024年6月、総務省は SNS を運営する大規模プラットフォーム事業者に対し、なりすまし型偽広告の事前審査と削除を要請した。

2025年4月には、情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)が施行され、Google・LINE ヤフー・Meta・TikTok・X の5社を大規模事業者に指定。違法情報の削除の迅速化と、運用の透明化を法的義務として課した。

広告を「表示」として裁くのではなく、それが流れる土管を規律する発想だ。

もう一つは、刑事罰だった。2025年2月28日、政府は「私電磁的記録文書等偽造・行使罪」を新設する法案を閣議決定した。他人を装って虚偽の電子データを作り、SNS で公表する行為に、3か月以上5年以下の拘禁刑を科す。

これまで偽造罪が対象としてきたのは紙の文書だけで、電子データの偽造が処罰対象に加わるのは初めてだった。なりすまし広告を、行政処分ではなく刑罰で直接断つ筋道である。

景表法は、ここにいない。

62年間、不当広告の最前線にいた法律が、AI 偽広告の本丸に対しては、刑法とプラットフォーム規制に主役を譲った。これは景表法の敗北ではない。問題が、景表法という道具の形を、超えてしまったのだ。


景表法が、今も届くところ

ただし、AI 広告のすべてが射程外になったわけではない。

詐欺ではなく、実在する事業者が、自社の商品を、AI を使って良く見せる ── この「まっとうな事業者の AI 広告」は、今も景表法の真ん中にある。境目は単純だ。実在の事業者が、自分の商品について表示したか。それさえ満たせば、道具が AI でも、景表法は動く。

日本のステマ告示は、2023年の施行から2024年にかけて、Google マップの口コミ操作やインフルエンサー投稿の自社転載を相次いで措置命令で裁いてきた(詳細: ステマ規制、2023年)。

AI は、その「事業者が声を演出する」手口を、安く速く大量にするだけだ。

手口の規模は変わっても、実在の事業者が自社商品を表示している限り、景表法の射程からは外れない

射程の内と外を分けるのは、AI かどうかではない。なりすましているか、実在しているかだった。


海の向こうの、振り子

同じころ、米国は逆の場所から、同じ問題に手を伸ばしていた。

米連邦取引委員会(FTC)は、AI を使う「道具」そのものを叩いた。2024年9月、FTC は AI を悪用した欺瞞への一斉摘発「Operation AI Comply」を発表し、その一つとして Rytr を提訴する。

Rytr は AI 文章作成サービスで、「Testimonial & Review(推薦文・レビュー)」生成機能を売っていた。わずかな入力から、詳細なレビューを無制限に量産できる ── FTC は、それが事実に基づかない偽レビューの製造装置になっていると見た。

同年12月、FTC は Rytr に対し、レビュー生成サービスの販売を禁じる同意命令を承認した。

道具を売った会社を、結果ではなく手段の段階で止める。FTC が1914年以来とってきた、不公正な取引方法への先回り規制の延長だった(詳細: FTC、1914年)。

ところが、振り子は1年で逆に振れる。

2025年12月22日、FTC は Rytr への命令を撤回した(set aside)。政権交代後に打ち出された「AI Action Plan」と大統領令を背景に、当の委員会自身が「この命令は AI のイノベーションを過度に阻害する」と判断したのだ。偽レビューの製造装置を止めた手は、AI 産業を縛りすぎる手として、引っ込められた。

規制と技術振興の綱引きは、こうして1年で表裏が入れ替わった。AI 広告をどこまで縛るかという問いに、世界はまだ安定した答えを持っていない。


次の翌朝は、景表法だけでは来ない

景品表示法の62年は、「誰が、何を、どう表示したか」を裁く歴史だった。事業者を特定し、その表示の不当性を問い、命令を出す。ニセ牛缶から課徴金、ステマ規制まで、すべてこの型の上にあった。

AI は、その型の前提を、一つずつ溶かしている。

なりすましは「誰が」を消す。生成は「実在」を消す。ディープフェイクは、前澤友作が言っていない言葉を、前澤友作の顔で喋らせる。事業者も、表示の主体も、本物の顔すらも曖昧になった広告に、「事業者の不当表示」を裁く法律は、構造的に届きにくい。

だから2024年から2025年にかけて、日本は景表法ではなく、刑法とプラットフォーム規制を前に出した。米国は道具を叩き、そして手を引いた。景表法は、自社商品をまっとうに売る事業者の AI 広告 ── その内側を守り続ける。だが本丸は、もう外にある。

法律は、いつも勝者が出た翌朝に作られる。次の勝者は、他人の顔を借りて、一度も発さなかった言葉を喋らせる者だ。

その翌朝は、景表法だけでは、来ない。


FAQ

なりすまし型の投資広告は景品表示法違反になりますか?

景品表示法は「事業者が自己の供給する商品・役務について行う不当な表示」を裁く法律のため、第三者になりすました詐欺広告には構造的に手が届きにくいのが実態です。2024年の SNS 型投資詐欺被害は871億円に上り、対処は景表法ではなく、刑事罰(2025年2月に「私電磁的記録文書等偽造・行使罪」の新設を閣議決定)や、情報流通プラットフォーム対処法によるプラットフォーム規制が主軸になっています。

AI で作った広告やレビューは景品表示法違反になりますか?

AI を使うこと自体が違法なのではなく、問題は「実在の事業者が、自社商品について、虚偽または広告と分からない表示をしたか」です。AI 生成画像で実物と異なる商品を見せれば優良誤認、AI が書いたレビューでも事業者の関与を隠せばステマ告示に触れえます。境目は道具ではなく、表示の主体と内容にあります。

AI インフルエンサー(バーチャルな人物)を広告に使うのは問題ですか?

実在しないバーチャルな推薦者でも、事業者が広告として用い、一般消費者が広告だと判別できなければ、ステマ告示(景表法5条3号)の射程に入りえます。「実在しない人物だから規制されない」わけではなく、事業者の表示であることを明示しているかが判断の軸になります。

米国 FTC の AI レビュー規制はどうなりましたか?

FTC は2024年に偽レビューを禁じる規則(16 CFR Part 465)を発効させ、同年9月には AI レビュー生成ツール Rytr を提訴、12月に同意命令を出しました。ただし2025年12月、FTC は Rytr への命令を撤回し、AI イノベーションを過度に阻害するとの立場を示しました。偽レビュー規則自体は存続していますが、AI の道具規制をめぐる方針は揺れています。

情報流通プラットフォーム対処法とは何ですか?

2025年4月に施行された法律で、Google・LINE ヤフー・Meta・TikTok・X など大規模なプラットフォーム事業者に対し、違法情報や権利侵害投稿の削除の迅速化と、運用状況の透明化を義務づけます。なりすまし型偽広告のように、広告主を直接裁きにくいケースで、情報が流れる場(プラットフォーム)側を規律する枠組みです。