景表法 読了 15 分

ステマ規制、2023年 — 11年沈黙の到達点

2023年 10月 1日、景表法 5条 3号に新しい指定告示 (令和 5年内閣府告示第 19号) が施行された。「事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの」── 日本のステマ規制が、ようやく形を持った日だった。

ペニーオークション事件 (2012年) で「景表法ではステマを取締れない」と直面してから 11年、米国 FTC が Endorsement Guides を改訂して同種の規制を始めた 2009年から 14年。2024年 6月 6日、施行から 8ヶ月後、最初の措置命令が東京の内科クリニックに出された。Google マップの口コミ ★5と引き換えにワクチン接種費用 550円を割り引いていた事案 ── 規制の最初の絵姿が、そこに描かれた。

2024年 6月 6日、消費者庁から発表された 1枚のプレスリリースが、ステマ規制元年の幕を開けた。

対象は 医療法人社団祐真会 ── 東京都大田区で内科クリニック「マチノマ大森内科クリニック」を運営する医療法人。違反内容は、Google マップの口コミ投稿 だった。

仕組みはシンプルだった。インフルエンザワクチン接種のためにクリニックを訪れた患者に対し、受付で 「Google マップで星 4か 5の口コミを投稿していただければ、ワクチン接種費用を 550円割引します」 と案内する。患者は割引と引き換えに、自分のアカウントで高評価の口コミを投稿する。クリニック側はその口コミを、自身の表示として明示しない。

2023年 1月から 2024年 1月 までの 1年間で投稿された 508件 のうち、依頼期間中の 269件、消費者庁がステマと認定したのは 45件 (うち 10件は既に削除済み)。割引額は 1件あたり 550円、最大でも 550 × 269件 = 約 14万 8千円分の値引きで、医療法人の利益動機としては小さい。

しかしこの事案は、ステマ規制 (景表法 5条 3号、令和 5年内閣府告示第 19号) の施行から 8ヶ月後の初の措置命令 という象徴的位置にあった。「事業者の表示と一般消費者が判別困難な表示」という新しい不当表示の射程が、ワクチン接種費用 550円と引き換えに書かれた口コミから始まったことになる。

これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 15本目である。9本目 ペニーオークション、2012年8人の芸能人ブログ に同じ文面のステマが並んだ事件を、10本目 FTC、1914年 で米国 1980年版 Endorsement Guides から 2009年改訂までを、13本目 ブレインハーツ、2018年 でアフィリエイト広告が景表法対象として明示された事案を辿った。今回はそれらの伏線が 2023年に一本に繋がった日 を辿る。


「事業者の表示と判別できない」── 告示の定義

告示の文言は短い。

事業者が自己の供給する商品又は役務の取引について行う表示であって、一般消費者が当該表示であることを判別することが困難であると認められるもの

(令和 5年内閣府告示第 19号)

要件を分解すると 2つだけ。

両方を満たす表示が、不当表示として景表法 5条 3号に該当する。

伝統的な不当表示 (5条 1号 優良誤認、5条 2号 有利誤認) は 表示内容の真偽 を問う。「実態より優れていると示した」「価格や条件が有利と示した」が問題だった。

ステマ規制は 表示の真偽を問わない。たとえ口コミの内容が正しく、商品が本当に良いものでも、広告であることを隠したこと自体 が違反になる。これは景表法の不当表示認定の射程を 一段拡張した ことを意味する。


米国 FTC からの 14年、ペニオクからの 11年

ステマ規制成立を遡ると、2つの時計が重なって見える。

米国の時計。1980年 1月 18日、FTC は「広告における推薦と証言の利用に関するガイド」(16 CFR Part 255) を確定し、推薦広告で「典型的でない結果」を示す場合は clearly and conspicuously (明瞭かつ目立つ形で) 開示せよと規律した。

2009年 10月 5日 の改訂で、ブロガー ・ SNS インフルエンサーが報酬を受けて投稿する場合に material connection (利害関係) の開示 を義務付けた (詳細: FTC、1914年)。日本のステマ規制 (2023年 10月 1日施行) は、この米国 2009年改訂から 14年遅れの輸入 に近い。

日本の時計。2010年 12月、8人の芸能人のブログ に同じ文面のペニーオークション宣伝が並んだ。ほしのあき 30万円、綾部祐二 5万円、小森純 40万円 ── 運営会社 (ワールドオークション) が松金ようこを介して報酬を払い、文面まで指定していた (詳細: ペニーオークション、2012年)。

2012年 12月 7日 に京都府警が運営者を逮捕したが、罪名は 詐欺罪 (刑法 246条) だった。当時の景表法には、ステマを直接取締る規定が無かった。米 FTC が既に 3年運用していた制度を、日本は持っていなかったのである。

そこから 11年。日本のステマ規制は、ペニオク事件の直接の到達点として 2023年 10月 1日に施行された。


2018年 ブレインハーツ、半分を埋めた踏み石

11年の沈黙は、空白だったわけではない。途中で 半分 が埋まっていた。

2018年 6月 15日、消費者庁は 株式会社ブレインハーツ に対する措置命令で、「アフィリエイトサイト上の表記も景品表示法の規制対象である」 ことを初めて明示した (詳細: ブレインハーツ、2018年)。

ブレインハーツが広告代理店を通じてアフィリエイターに自社サイトを提示し、その内容を踏まえた口コミ ・ ブログ記事を書かせていた事実関係を捉え、アフィリエイトサイトの表示も 「広告主の表示」 として景表法を当てた事案だった。

ただしブレインハーツ事案の認定根拠は「広告主が表示内容の決定に関与していた」ことであって、「広告であることを開示しなかった」こと自体ではない。第三者の表示を装った広告に景表法を当てる 新しい筋道 を 1つ作ったが、もう半分 ── 「広告であることを隠す行為自体への規制」── はまだ景表法に無かった。

そこを埋めたのが 2022年からの検討会 だった。


2022年 9月、ステマ検討会の発足

2022年 9月、消費者庁は 「ステルスマーケティングに関する検討会」 を発足させた。発足の直接の背景には、それまでの 11年で蓄積した複数の論点があった。

検討会は 2022年 12月 28日 に報告書を公表。「告示で『事業者の表示と判別困難な表示』を不当表示として指定する」方向で結論を出した。景表法本体の改正は不要、5条 3号 (内閣府告示で指定する不当表示) の枠組みで対応可能 という整理である。

理由は実務的だった。本体改正は国会審議が必要で時間がかかる。告示なら内閣府の手続きで制定でき、必要に応じて改廃も柔軟。ステマという急速に拡大する事象に、機動的に対応するためには告示が適していた。


2023年 3月 28日、告示制定 → 10月 1日、施行

2023年 3月 28日、消費者庁は告示と運用基準をパブリックコメントを経て公表した。同日、運用基準として「『一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示』の運用基準」(消費者庁長官決定) が定められた。

施行までの猶予期間は 6ヶ月。事業者に体制整備の時間を与えるためで、2023年 10月 1日 から正式に施行された。

運用基準は何が「事業者の表示」「判別が困難」と認定されるかを具体例で示した。

「事業者の表示」と判断される典型:

「判別困難」と判断される典型:

逆に、これらをきちんと開示している投稿は「判別可能」として規制対象外。PR 明示の有無 が事業者と消費者の境目になった。


施行 8ヶ月、最初の絵姿

施行から 8ヶ月後の 2024年 6月 6日、最初の措置命令が出た。冒頭で紹介した 医療法人社団祐真会 (マチノマ大森内科クリニック) である。

Google マップの口コミは、一般消費者が 「他の患者が自発的に書いた評価」 と認識する典型例だった。クリニックが裏で割引と引き換えに依頼していた事実は、消費者からは見えない。これは告示の定義そのまま ── 「事業者の表示」で「判別困難」── に当てはまった。

医療業界はこの措置命令を厳しく受け止めた。Google マップの口コミは、患者がクリニックを選ぶ際の主要な参考情報になっており、多くのクリニックが何らかの形で口コミ獲得に取り組んでいた。「割引と引き換えに高評価を依頼することはステマ違反」という基準が初判例として確立されたことで、業界の運用が一変した。

2024年 8月 8日、2例目は大手だった。RIZAP 株式会社 が、低価格ジム「chocoZAP (チョコザップ)」について、インフルエンサー 15人に依頼した Instagram 投稿を自社サイトに転載した際、「広告」や「PR」を付けず第三者の体験談に見える表示にした行為が認定された (同事案ではあわせて「24時間使い放題」が実際は 1日 5〜16時間だったとして優良誤認も認定)。

続く 2024年 11月 13日、3例目は 大正製薬株式会社。アンチエイジングサプリ「NMN taisho」について、インフルエンサー 3人に報酬 (1人あたり約 1万円 + 商品提供) を払って Instagram に投稿させ、その投稿を一部抜粋して自社 EC サイトに掲載した際、「PR」や「広告」の表示を付けなかった 行為が措置命令対象となった。

RIZAP も大正製薬も、共通するのは インフルエンサーに依頼した投稿を自社サイトに載せる際に PR 明示を欠いた 点だった。インフルエンサーの投稿を自社の販売ページで使うと、一般消費者には第三者の自発的な感想に見える ── これが「事業者の表示で判別困難」と認定された。SNS 投稿の自社サイト転載 という、多くの企業が日常的に行う運用に、新しい注意点が突きつけられた。


残された限界 ── 課徴金対象外と「広告主のみ」

ステマ規制は施行されたが、完成形ではない。3つの限界が残っている。

1. 課徴金対象外

告示で指定した不当表示 (5条 3号) は、課徴金の対象外 である。課徴金対象は 5条 1号 (優良誤認) と 5条 2号 (有利誤認) のみと定められており、3号告示は措置命令と命令違反罰 (100万円以下罰金) で運用される (詳細: 課徴金、2014年)。マチノマ大森内科クリニックも、大正製薬も、課徴金は課されていない。違反は明示されたが、経済的制裁の牙はまだ生えていない。

2. 規制対象は広告主のみ

日本のステマ規制は、広告主のみを規制対象 とする。インフルエンサー本人 ・ アフィリエイター ・ レビュー投稿者は、たとえ報酬を受けてステマを実行しても、景表法上の責任を問われない。

米国 FTC は インフルエンサー本人も responsible party として扱い、個人に対する処分も行う。日本と米国の制度設計の大きな違いで、検討会でも論点になったが、最初は広告主規制から始める という結論に落ち着いた。

3. 個別事案の蓄積でしか境目が見えない

告示の定義は抽象的で、「事業者の表示と判別が困難」の境目は事案ごとに判定される。マチノマ大森内科 (Google マップ口コミ + 割引) と大正製薬 (転載時 PR 欠落) の 2事案で見えてきた境目は、まだごく一部に過ぎない。インフルエンサー業界、PR 業界は、新しい事案が出るたびに自社運用の見直しを迫られている。


11年、その時計の意味

ペニーオークション事件 (2012年) からステマ規制施行 (2023年) まで 11年。米国 FTC 2009年改訂から 14年。シリーズの中で繰り返してきたこの時間差には、いくつかの理由がある。

法律の保守性: 日本の景表法は、不当表示の 類型を限定列挙 する建付け (5条 1号 ・ 2号 ・ 3号告示)。新しい類型を追加するには告示を改正する必要があり、その判断には実態の蓄積が必要だった。

事業者団体の影響: 広告業界 ・ ASP 業界 ・ インフルエンサー業界は、規制が自社事業を直撃する。検討会の議論には業界団体も参加し、影響範囲を狭くする方向に意見が集まりやすかった。

個別事案の不足: 米国は FTC が積極的に個別事案を摘発して規制根拠を蓄積したが、日本の消費者庁はリソース制約の中で個別摘発を絞らざるを得ず、規律の根拠となる事案が揃うまで時間を要した。

ペニオクで「景表法ではステマを取締れない」と気付いてから、消費者庁が「ステマを取締る告示」を作るまでに、11年が必要だった。同じ事象を米国は 3年で先回りしていた ── この時間差は、戦後の経済法制全般で繰り返されてきた構造でもある (詳細: FTC、1914年)。

法律は、いつも勝者が出た翌朝に作られる。ステマ規制の場合、勝者は 「広告であることを隠して消費者に第三者の感想と誤認させる事業者」 であり、被害者は 「自発的な口コミだと信じて選択した消費者」 だった。

翌朝の景表法は、その勝者の逃げ道を ── まだ課徴金の牙は無く、インフルエンサー本人にも届かないが ── 広告主の責任 という形でようやく塞ぎ始めた。


FAQ

ステマ規制はいつから施行されましたか?

2023年 10月 1日 から施行されました。2023年 3月 28日に 令和 5年内閣府告示第 19号「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が制定され、同日に消費者庁長官決定として運用基準が定められ、6ヶ月の猶予期間を経て施行されました。これにより景表法 5条 3号の指定告示として、ステルスマーケティングが不当表示の一類型に追加されました。

ステマ規制違反の典型例は?

「事業者の表示」(事業者が自分で行うか第三者に依頼) と「判別困難」(消費者が広告と認識できない) の両方を満たす表示が違反になります。典型例は: (1) インフルエンサーに報酬を支払って SNS に投稿させるが「PR」明示なし、(2) Google マップやレビューサイトで割引等と引き換えに高評価の口コミを依頼、(3) 「PR」表示はあるが他のハッシュタグに紛れて識別困難、(4) 動画冒頭のみ PR 表示が瞬間表示される、など。

ステマ規制の初の措置命令はどんな事案でしたか?

2024年 6月 6日、消費者庁は 医療法人社団祐真会 (東京都大田区のマチノマ大森内科クリニック運営) に対し、初の措置命令を出しました。インフルエンザワクチン接種に来院した患者に Google マップで星 4か 5の口コミを投稿することを条件に 550円割引 していたことが、ステマ告示に該当すると認定されました。2例目は 2024年 8月 8日 RIZAP 株式会社 (chocoZAP のインフルエンサー投稿を自社サイトに PR なしで転載、優良誤認も併発)、3例目は 2024年 11月 13日 大正製薬株式会社 (サプリ「NMN taisho」でインフルエンサーの Instagram 投稿を自社 EC サイトに PR 表記なしで掲載) です。

米国 FTC との違いは何ですか?

日本のステマ規制は 広告主のみを規制対象 とし、インフルエンサー本人 ・ レビュー投稿者は景表法上の責任を問われません。米国 FTC は 2009年改訂の Endorsement Guides で インフルエンサー本人も responsible party として扱い、個人に対する処分も行います。日本でも検討会で論点になりましたが、最初は広告主規制から始める結論となりました。米国 FTC は 2009年からこの規律を運用しており、日本は 14年遅れの輸入 と言えます。

ステマ規制違反は課徴金の対象になりますか?

いいえ、課徴金の対象外 です。景表法の課徴金は 5条 1号 (優良誤認) と 5条 2号 (有利誤認) のみが対象で、5条 3号 (内閣府告示による指定) は対象外です (詳細: 課徴金、2014年)。ステマ規制違反は 措置命令 と、命令違反時の 刑事罰 (100万円以下罰金) で運用されます。マチノマ大森内科クリニックも大正製薬も、課徴金は課されていません。これはステマ規制の主要な制度的限界の 1つです。


関連プリセット

GuidelineChecker の ステマ規制 (景表法告示) プリセットには、本記事で扱った令和 5年内閣府告示第 19号と運用基準が収録されています。NG/OK 例として「#pr #おすすめ #コスメ #かわいい」のような PR を他ハッシュタグに紛れさせる パターン、「PR (極小 ・ 薄グレー文字)」の 判別困難な PR 表記、「動画冒頭のみ提供表示 (10秒後に消える)」の 瞬間表示 など、典型違反パターンを網羅しています。インフルエンサー ・ アフィリエイト ・ 口コミマーケティング活用業種は 景表法ベース プリセットと併用してチェックできます。