景表法 読了 9 分

不動産、1963年 — 公正競争規約という発明

1962年に景表法が成立した翌年、最初に認定された業界自主規制は不動産の表示規約だった。当時の住宅地価は 13年で約 9.6倍、半年で 50%上昇する時期もあった。住宅難の中で誇大広告とおとり広告が横行していた。なぜ不動産が選ばれたか、なぜ業界自主規制を法律にビルトインしたか、現在 103本まで増えた半世紀を辿る。

目次 (10 章)
  1. 13年で 9.6倍
  2. 「徒歩 5分」
  3. 法 36条、4つの条件
  4. 不動産が最初だった理由
  5. 60年で 103本
  6. 2009年、移管
  7. 公正マーク
  8. 80条、103本
  9. FAQ
  10. 参考文献

1963年、東京。景品表示法が施行されて 1年も経たないうちに、最初の「公正競争規約」が認定された。業界は不動産だった。

景表法は前年の 1962年 8月 15日に施行されている。正式名称は 不当景品類及び不当表示防止法。本則は 80条程度の比較的短い法律だが、施行 1年で業界自主規制の細則をぶら下げ始めた。これが現在 103本まで増えた公正競争規約の第一号である。

なぜ最初が不動産だったのか。それを語るには、当時の地価を見る必要がある。

これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 5本目である。前回までは「景表法が生まれるまで」を辿った。今回は「景表法が業界に手渡したもの」、つまり同じ法律のもう一つの柱の話である。


13年で 9.6倍

日本不動産研究所の市街地価格指数によれば、1955年を 100とすると、1968年の住宅地価は 962。13年で約 9.6倍に上がっている。商業地は 954、工業地は 1,083。

特に 1960年代前半の都市部は激しかった。地価は年率 40%近い上昇率を示し、東京都区部では半年で 50%という時期もあった。1956年の「経済白書」が「もはや戦後ではない」と書いた、その続きの時代である。

宅地は需要に対して供給が決定的に足りなかった。1960年に建設省が出した「宅地総合対策」の項目を並べると、その逼迫が見える。大都市機能の分散、公的住宅供給の増加、土地利用計画の確立、宅地取引秩序の維持、宅地造成手法の整備 ── つまり、ほとんど全てが足りていなかった。

住みたい人が多すぎ、家が足りない。そこに、誇大広告が湧いた。


「徒歩 5分」

不動産広告の問題は、商品の特性と直結していた。

ガムなら 50円で買って中身が違っても 50円の損失で済む。不動産は 1物件で人生最大の支出になる。「徒歩 5分」と書かれていたら 5分で着くと信じる。「新築」「中古」「リフォーム済み」の言葉から消費者が想像する状態は、業者が示すそれと違う。

ここでは「立地」「面積」「権利関係」「築年月」が表示問題の中心になる。これは法律本文では書ききれない。景表法第 5条は「優良誤認」「有利誤認」を禁じるが、では何メートルを「徒歩 1分」と表示してよいのか、間取り図の縮尺基準は何か ── 業界ごとに細則が要る。

公正取引委員会はこの細則を、業界そのものに書かせることにした。


法 36条、4つの条件

景品表示法 第 36条は、業界団体が表示・景品類のルールを自主的に設定できると定める。これが公正競争規約である。設定された規約は、公正取引委員会と消費者庁長官の認定を受けて初めて効力を持つ。

認定の条件は 4つある (法 36条 2項)。

1. 不当な顧客の誘引を防止し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択及び事業者間の公正な競争を確保するために適切なものであること

2. 一般消費者及び関連事業者の利益を不当に害するおそれがないこと

3. 不当に差別的でないこと

4. 公正競争規約に参加し、又は公正競争規約から脱退することを不当に制限しないこと

この 4要件のうち、特に 4番目が肝になる。「脱退を不当に制限しない」 ── つまり、規約が「業界カルテル」に転化することを防ぐ。

ここで景表法の独創性が見える。本来、業界が集まって「これ以上の景品はやらない」「この表現は使わない」と申し合わせることは、独占禁止法の「不公正な取引方法」(共同行為) になりかねない。だが景表法 36条で認定された規約は、独占禁止法の 適用除外 になる。

業界自主が独禁法違反にならない、という保証を法律が与えた。業界自主規制を法律にビルトインした、世界的にも珍しい設計である。


不動産が最初だった理由

消費者庁の公式パンフレットには、不動産が第一号になった理由がこう書かれている。

公正競争規約が最初に設定されたのは不動産の表示規約です。不動産は 1件当たりの取引額が大きいことからその品質内容が分かりにくく、不当な表示が一般消費者に及ぼす影響も格段に大きいことから、表示に関する関係法規の規定も盛り込んでおり、内容はかなり詳細です。

「取引額が大きい」「品質内容が分かりにくい」 ── この 2つが、規約 1号に不動産が選ばれた構造的理由である。

そして時代がそれを加速させた。1963年は東京オリンピック (1964年) の前年。インフラ投資が地価をさらに押し上げ、住宅需要は爆発寸前だった。1965年 8月には地価対策閣僚協議会が設置される。1963年の規約認定は、その 2年前に業界自身が「自分で線を引く」と決めた行為だった。

法律が成立した翌年に、最も影響の大きい業界が真っ先に立った。これは偶然ではなく、必然である。


60年で 103本

2024年 7月時点、認定済みの公正競争規約は 103件。表示規約 66件、景品規約 37件。運用する公正取引協議会は 79団体に達する。

業界別の内訳は、酒類と食卓食品が各 14件で並んで最多。次いで家電・家庭用品等 12件、菓子類等 11件、調味料 9件、化粧品等 8件、飲料・出版サービス・自動車等が各 7件、乳製品等 6件、医療 4件、不動産・金融が各 2件と続く ── 合計 103件である。

最多は食品関係である。消費者庁はその理由をこう説明している。

表示規約では食品関係のものが最も多くなっています。これは商品の種類が多いことにもよりますが、大部分は食品の加工技術等の発展に伴い、代替原料等を使用した新製品について、基準のないままに紛らわしい表示が出回っていたものを適正化するために設定されたためです。

新製品が出るたびに、業界が自主的にルールを書く。代替甘味料、無果汁飲料、健康食品、機能性食品 ── 加工技術の進化と並走して規約が増えてきた。

法律本文の改正は半世紀で数回。だが規約の改正と新設は、毎年のように起きている。


2009年、移管

2009年 9月 1日、消費者庁が発足した。それまで景表法を所管していたのは公正取引委員会である。

これに伴い、公正競争規約の認定権者も変わった。「公取委」から「公取委 + 消費者庁長官」の 2者連名認定になる。協議会の規約改正案や新規案は、両者に申請を出さなければならない。

なぜ 2者になったか。法執行 (措置命令・課徴金) は消費者庁が担うが、独占禁止法上の「適用除外」効果は公取委の管轄から動かせない。だから 2者の承認が要る。1962年の景表法は、47年後に管轄を変えても、規約の構造は維持された。

2016年 4月には、景表法本則に課徴金制度が施行された。違反企業の対象売上額の 3%が課せられる。これは規約とは別の制度だが、規約遵守が課徴金リスクの実質的な防衛線になる ── 規約に従って表示している限り、当該業界の「適切な表示」の社会的基準を守っていると認められやすい。


公正マーク

公正競争規約に加盟する事業者の商品には、「公正」のマークが付けられることがある。飲用乳、レギュラーコーヒー、ハム・ソーセージ類、辛子めんたいこ、はちみつ、ローヤルゼリー、エキストラバージンオリーブオイル ── 商品マークの一覧は消費者庁パンフレットに 17品目並んでいる。

店頭表示用の会員証もある。食肉、観光土産品、家電、眼鏡、仏壇、旅行、自動車、タイヤ、不動産。これらが付いている店舗・商品は、その業界の規約に従っていることの目印になる。

消費者が日常的に目にしているはずだが、それが「景表法 36条の公正競争規約に基づくマーク」だと意識する人は少ない。マークの認知度は低いが、サイレントに機能している。


80条、103本

景品表示法 (不当景品類及び不当表示防止法) の本則は約 80条。比較的短い法律である。

その下に 103本 の公正競争規約がぶら下がっている。条文上の柱は短いが、運用上の柱はその数十倍ある。

これは、立法者が業界の現場知に依存することを公式に認めた法律設計である。米国の連邦取引委員会法 (FTC Act) は中央集権的に解釈を蓄積する。EU の不公正商行為指令も加盟国規制で運用する。日本の景表法は、業界自主規制を 4要件の関門付きで法律にビルトインした、希少な構造を持つ。

1963年に不動産が最初に立ったとき、それは「公取委が手放した」のではなく、「業界が自分で書く責任を引き受けた」始まりだった。地価が 13年で約 10倍に上がる時代、誰かが基準を書かなければ住宅広告は無秩序になる。法律ができたばかりで先例がない中、自ら線を引いた業界が第一号になった。

その後 60年、103本まで増えた。次の 60年で、何本に増えるかは分からない。


FAQ

公正競争規約とは何ですか?

景品表示法 第 36条に基づき、業界団体が表示や景品類について自主的に設定し、公正取引委員会と消費者庁長官の認定を受けたルールです。1963年の不動産表示規約が第一号で、2024年 7月時点で 103件 (表示規約 66件、景品規約 37件) 存在します。

なぜ業界自主規制を法律に組み込んだのですか?

景品表示法は法律本文では業界ごとの具体的基準を書けません。「徒歩何分」「カシミヤ何%」「特賞何円」といった細則は業界の取引実態に依存します。各業界が自ら細則を書く方が的確で運用しやすいため、法 36条で自主規制をビルトインしました。認定を受けた規約は独占禁止法の適用除外になります。

なぜ最初の規約は不動産だったのですか?

取引額が大きく、品質内容が分かりにくいため、不当表示の影響が他業界より格段に大きい業種だったためです。当時 (1960年代前半) は地価が年率 40%近く上昇する高度成長期で、住宅需要に対して供給が足りず、誇大広告とおとり広告の温床になっていました。

公正マークの意味は何ですか?

公正競争規約に加盟する事業者の商品に付けられるマークです。当該業界の自主ルールを守っている目印として機能します。飲用乳、ハム・ソーセージ、はちみつ、辛子めんたいこなど 17品目ほどに商品マークが、食肉、眼鏡、自動車、不動産などには店頭表示用の会員証があります。

景表法と公正競争規約は同じものですか?

公正競争規約は景表法 第 36条を根拠とする業界自主ルールであり、景表法本則そのものではありません。本則は措置命令・課徴金で公的に執行されます。規約はそれを補完し、認定を受けた範囲では独占禁止法の適用除外という法的保護も得られます。両者は車の両輪として運用されます。