景表法 読了 8 分

ニセ牛缶、1962年 — 景品表示法が生まれた朝

1960年 8月、横浜のある主婦が缶詰を開けた。「牛肉大和煮」のラベル、中身は鯨肉だった。主婦連合会が調べると、20数社の缶詰のうち牛肉 100%は 2社だけ。詐欺罪は適用できなかった——肉が安かったから。食品衛生法も使えなかった——健康被害はなかったから。法律の谷間に落ちたこの缶詰が、2年後、日本に景品表示法を生んだ。

1960年 8月、横浜のとある家庭。一人の主婦が缶詰の蓋を開けた。表のラベルには牛のイラストが描かれていた。「牛肉大和煮」と書かれていた。

中身は、鯨の肉だった。

主婦は、消費者運動の団体に相談した。主婦連合会——東京・代々木に本部を置く、しゃもじとエプロンをマークにする組織だった。

その相談が、2年後、日本の広告規制の出発点になる。


20数社、牛肉 2社

主婦連合会は、市販されている「牛肉大和煮」缶詰を片端から買い集めた。試買調査という、消費者運動の常套手段だった。

結果は、想像を超えていた。

「牛肉大和煮」と表示していた 20数社の商品のうち、牛肉 100%のものは 2社しかなかった。大部分は馬肉か、鯨肉だった。

当時の物価感覚では、馬肉と鯨肉は牛肉より安く、「低級品」と見なされていた。それを「牛肉」として売ることは、消費者を欺く行為だった。安く仕入れた肉に牛のラベルを貼り、高く売る。差額が利益になる。

業界の常識として、それは行われていた。


法律の谷間

主婦連は、警察に届けた。

検察と話した。各省庁を回った。だが、どこに行っても答えは同じだった——現行の法律では裁けない

刑法の詐欺罪は使えなかった。詐欺罪が成立するには、被害者が「経済的損害」を被っていることが必要だった。だが業者は、ニセ牛缶を 「大幅に安い価格」 で売っていた。「牛肉の値段」で売っていれば詐欺だったが、「馬肉と同じくらいの値段」で売っていたので、被害者の財布から余分な金は出ていなかった——少なくとも、刑法はそう判定した。

厚生省の食品衛生法も使えなかった。食品衛生法は、健康被害を防ぐための法律だった。馬肉も鯨肉も、衛生上の問題はなかった。食用として認可されていた肉だった。「食べても害はない、ただ嘘をついていただけ」——その状況を取り締まる法律が、当時の日本には存在しなかった。

法律の谷間。

主婦連合会は、その谷間で立ち止まらなかった。


しゃもじのマーク

主婦連合会の創立は、1948年 9月 15日。終戦から 3年、戦後の混乱の中だった。創立者は 奥むめお——大正末から昭和初期にかけて婦人参政権運動に身を投じ、戦後は参議院議員にもなった人物だった。

組織のマークは、しゃもじとエプロン。「主婦の道具で社会を動かす」というメッセージを、そのまま図案にした。

奥むめおは、戦前から戦後にかけて、消費者問題の最前線に立ち続けた人だった。創立のきっかけは、不良マッチを糾弾した「不良マッチ退治主婦大会」(1948年) だった。マッチがすぐに折れる、火がつかない——戦後物資不足のなかで、家庭の最も日常的な道具が信用できなくなっていた。

その奥むめおの組織が、12年後、缶詰の問題に直面した。


1960年 9月、ウソつき缶詰追放対策懇談会

主婦連は、業界団体と省庁を集めた会議を開いた。「ウソつき缶詰追放対策懇談会」と名づけた。

招かれたのは、日本缶詰協会、農林省、厚生省、そして公正取引委員会だった。公取委は、1947年に独占禁止法を運用するために設置された行政委員会で、不公正な取引方法の規制を所管していた。

会議の場で、業界は反論した。「他社もやっている」「価格を安くしているから消費者は損していない」。省庁は責任の押し付け合いを始めた。厚生省は「食品衛生法は健康被害を扱う法律で、表示の正誤は所管外」と言った。

だが、缶詰のラベルと中身が違うという事実は、誰も否定できなかった。

懇談会のあと、3つの省庁がそれぞれ動き始めた。


三省庁、動く

農林省は、農林物資規格法の缶詰に関する政令を改正した。缶詰の表示について、原料肉の正しい記載を義務づけた。

厚生省は、食品衛生法を改正した。表示違反に対する一定の規制を強化した。

そして 公正取引委員会——三省庁の中で最も大きく動いたのが、ここだった。

公取委は、独占禁止法の枠を超えた新しい法律が必要だと判断した。表示の正誤を全業界横断で取り締まる、専用の法律。

1961年 8月、法案立案作業が始まった。担当の取引課長は 後藤英輔。当初の仮称は「不当顧客誘引行為防止法案」——「ウソをついて客を引き寄せる行為」を網羅的に規制する、という直球の名前だった。

立案の最終段階で、もう一つの社会問題が法案に統合された。過大な景品付き販売だった。同じ時期、業界では懸賞付き販売が過熱していた。豪華景品で客を釣る、その規制も求められていた。

1962年 3月 29日、閣議決定。法案名は「不当景品類及び不当表示防止法案」となった。不当な表示過大な景品——二本柱の規制だった。


1962年 5月 15日

法案は国会で大きな論争を呼ばなかった。

1962年 5月 4日、参議院本会議で可決成立。5月 15日、公布。法律番号は「昭和 37年法律第 134号」。正式名称は 不当景品類及び不当表示防止法——通称、景品表示法、または 景表法

3ヶ月後の 1962年 8月 15日、施行。横浜の台所から数えて、ちょうど 2年後のことだった。

施行直後、運用は公正取引委員会の経済取引局と審査局が担った。市販品の表示を監視し、違反者には行政指導と勧告を行う——日本初の「広告ルールの番人」が、こうして誕生した。


それから 63年

景品表示法は、半世紀以上を経て、いま消費者庁の手にある。

2009年 9月 1日、消費者庁の設置に伴い、景表法の所管は公正取引委員会から消費者庁の表示対策課へ全面移管された。番人が代わった。

2014年、課徴金制度が導入された (2016年 4月 1日施行)。違反業者に対し、対象商品の売上の 3%を国庫に納付させる仕組みだった。「指導」から「金銭ペナルティ」へ、規制の歯が伸びた。

2023年 5月 10日、改正法成立 (令和 5年法律第 27号)。2024年 10月 1日施行。次の 3つが追加された。

2023年度の措置命令件数は 44件。そのうち 13件は 「顧客満足度 No.1」型 の表示に関するものだった。同年、ある食品メーカーには 16億 5,594万円 の課徴金納付命令が出された。景表法に基づく課徴金として、過去最大だった。


横浜の台所の続き

1960年 8月、缶詰を開けたあの主婦の名前は、記録に残っていない。

主婦連合会の手元にあった相談記録の中の、一行だったかもしれない。だが、その一行が、20数社の缶詰メーカーを巻き込み、3つの省庁を動かし、新しい法律を生み、半世紀の間に何兆円もの広告市場のルールを形づくった。

景品表示法は、いま、テレビ CM やネット広告の何が言えて何が言えないかを決めている。No.1表示の根拠資料、課徴金、ステマ規制への連動——すべての出発点は、横浜の台所だった。

牛肉大和煮」のラベルが貼られた、鯨肉入りの缶詰だった。


FAQ

景品表示法とは何ですか?

正式名称は「不当景品類及び不当表示防止法」(昭和 37年法律第 134号)。1962年に制定された、不当な広告表示と過大な景品から消費者を守る法律です。現在は消費者庁が運用し、違反には措置命令・課徴金が課されます。

なぜ 1962年に作られたのですか?

1960年のニセ牛缶事件をきっかけに、既存の法律 (刑法・食品衛生法) では「ラベル偽装」を取り締まれないことが明らかになりました。主婦連合会など消費者団体の運動を受けて、公正取引委員会が主導して新法を起草。1962年 5月 15日に公布、8月 15日に施行されました。

ニセ牛缶事件で誰が責任を取りましたか?

具体的な事業者の処罰は行われませんでした。当時は表示偽装を直接取り締まる法律がなく、刑法の詐欺罪も適用できなかったためです。この「取り締まれなかった」事実こそが、景品表示法制定の最大の推進力になりました。

景品表示法は今も使われていますか?

はい。2023年度の措置命令は 44件、過去最大の課徴金 16億 5,594万円が出されました。2024年 10月施行の改正で確約手続と直罰規定が追加され、運用は強化されています。

違反するとどうなりますか?

消費者庁が措置命令 (再発防止と公表) を出し、悪質な場合は対象商品売上の 3% (過去 10年以内に違反歴があれば 4.5%) の課徴金が課されます。優良誤認・有利誤認の故意違反には、2024年改正で最大 100万円の直罰規定も追加されました。

主婦連合会とは何ですか?

1948年 9月 15日、奥むめおが創立した日本の消費者団体。「不良マッチ退治主婦大会」を端緒に発足し、戦後の消費者運動を牽引しました。しゃもじとエプロンをマークにし、現在も消費者保護政策に関する提言活動を続けています。