「ご満足いただけなければ全額返金」と画面いっぱいに大きな文字。
その下に、テレビ画面で 1秒、文字の大きさは 5分の 1で「※初回購入のみ ・ 商品到着後 8日以内 ・ 未開封品に限る ・ 送料 1,200円自己負担」。
「当社調べで効果実感 92%」と紙面の見出し。
ページの隅に、6ポイントの文字で「※モニター 50名中、有意な変化を実感した方の割合」。
これらが 「強調表示と打消し表示」 という景表法の論点である。強調表示が消費者の購買決定を作り、打消し表示が「実は条件があります」と書く。打消しが小さすぎる、短すぎる、離れすぎている、矛盾している ── 全部、消費者は強調表示の方を信じる。
しかし「どこまで小さければ違反か」「どこまで離れたら違反か」という判定基準は、1962年の景表法制定から 55年間、明文化されていなかった。
2017年 7月 14日、消費者庁は「打消し表示に関する実態調査報告書」を公表する。12,000人規模 の Web アンケートと、印刷物 ・ テレビ CM ・ Web 広告の実物分析を組み合わせた、景表法の歴史で初めての本格調査だった。
これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 12本目である。前回 課徴金、2014年 で導入された制裁制度は、対象となる「不当表示の認定基準」が無ければ動かない。打消し表示の問題は、その認定基準を作る作業でもあった。
「個人の感想です」は誰の遺産か
テレビCMで定型化した「※個人の感想です。効果には個人差があります」「※あくまでイメージです」── これらが日本で生まれた表現だと思っている人は多い。実は出自は米国にある。
1980年 1月 18日、米国連邦取引委員会 (FTC) が「広告における推薦と証言の利用に関するガイド」(16 CFR Part 255) を最終確定した (詳細: FTC、1914年)。同ガイドの 255.2項 は次のように規定していた。
推薦広告で示される結果が 典型的でない場合、その旨を 明瞭かつ目立つ形 (clearly and conspicuously) で開示しなければならない。
「典型的でない結果」の代表例として、痩身広告、育毛広告、サプリ広告が念頭にあった。被験者の中で「体重が 10kg 減りました」と語る人の経験を CM で使う場合、それが平均的な結果でないなら、そう明示せよ ── という規律である。
clearly and conspicuously (明瞭かつ目立つ形で) ── FTC が 1980年に打ち立てたこの基準が、後に日本の打消し表示問題の参照点になる。
日本のテレビ CM で「個人の感想です」「効果には個人差があります」が定型化するのは 1990年代後半 から 2000年代 にかけてである。健康食品、化粧品、ダイエット食品の広告で頻繁に使われた。
しかし「clearly and conspicuously」の clearly も conspicuously も、日本では具体化されなかった。1秒間しか表示されない 6ポイント文字でも「形式上は表示した」とされていた。米国は 1980年代の積み重ねで「reasonable consumer に届く形で」という運用基準を作っていったのに対し、日本は形式表示で 30年通した。
公取委 2008年、最初の警告
景表法の所管は 2009年 9月 1日 に公正取引委員会 (公取委) から消費者庁に移管される (詳細: 消費者庁、2009年)。その移管の 1年前、公取委が静かに警告を発していた。
2008年 6月 13日、公正取引委員会は「見にくい表示に関する実態調査」を公表する。調査対象は 50歳以上の消費者モニター で、加齢に伴う視認性低下によって「実質的に読めない打消し表示」がどれだけ存在するかを測った。
調査結果は厳しかった。
- パンフレット ・ 折込チラシで、本文の半分未満のサイズの打消し表示が 半数以上
- 文字色と背景色のコントラストが不十分な打消し表示が散見
- 強調表示の数行下に打消し表示が離れて配置される構造が多数
公取委は「強調表示の認識が打消し表示で適切に修正されているかは疑問」と結論づけた。だが、この調査は 法令化に至らなかった。
理由は単純だった。景表法に「打消し表示」という概念規定がそもそもない。公取委は実態を測ったが、測った先で何を違反と認定するかの足場がなかった。
景表法は 1962年に米国 FTC 法第 5条「不公正又は欺瞞的な行為又は慣行」を翻訳して作られた (詳細: ニセ牛缶、1962年) が、強調と打消しという表示構造の規律は輸入対象に入っていなかった。
公取委 2008年調査は、その不在を浮かび上がらせて終わった。1年後、景表法は消費者庁に移管される。バトンは渡されたが、足場は無いままだった。
課徴金が認定基準を求めた
景表法に最初の制裁手段 ── 課徴金制度 ── が導入されたのは 2014年 11月 27日 (詳細: 課徴金、2014年)。施行は 2016年 4月 1日。違反対象商品の売上の 3%を国庫に納めさせる仕組みである。
この制度設計が、打消し表示問題を 避けて通れなくした。
課徴金は「不当表示の対象となった商品の売上額 × 3%」で算定される。前提として「何が不当表示か」の認定が必要になる。強調表示と打消し表示が組み合わさった広告で、消費者が受ける印象を不当表示と認定できるか ── ここに明確な基準がなければ、課徴金額の認定は事業者ごとに恣意的になる。
2016年 4月 1日施行の課徴金制度は、実質的に 打消し表示認定の運用ルールを 2-3年以内に作れ という宿題を消費者庁に課したことになる。
その宿題に対する回答が、2017年から始まる 4本の実態調査 だった。
4本の実態調査
消費者庁は 2016年 10月から、合計 4本の実態調査 を立て続けに行う。
1本目: 平成28年 10月〜平成29年 3月 「打消し表示に関する実態調査」 ── 紙媒体 (新聞 ・ パンフレット ・ 折込チラシ) と動画広告 (テレビ CM) を対象。2017年 7月 14日 公表。
2本目: 平成29年 10月 2日〜平成30年 2月 28日 「スマートフォンにおける打消し表示に関する実態調査」 ── スマホ画面 (約 5インチ) 固有の視認性問題を測定。2018年 5月 16日 公表。
3本目: 「広告表示に接する消費者の視線に関する実態調査」 ── アイトラッキング (視線計測) を用いて、消費者の視線が打消し表示の上で実際に止まるかを測った。2018年 6月 7日 公表。
4本目 (まとめ): 「打消し表示に関する表示方法及び表示内容に関する留意点」 ── 3本の実態調査結果を統合したガイドライン文書。2018年 6月 7日 公表。
公取委 2008年調査が単発で終わったのに対し、消費者庁は 3本の実態調査 + 留意点ガイドライン という連続シリーズで攻めた。媒体別 (紙 ・ スマホ ・ 動画)、計測方法別 (アンケート ・ アイトラッキング)、年齢層別 (中高年 ・ 若年層) の角度から、打消し表示の認識可能性を多面的に測った。
強調の 20%、表示の 2秒
調査が示した数字は、業界の感覚と乖離していた。
動画広告 (テレビ CM) で:
- 強調表示と打消し表示が 同時表示 されるのは 72.0%。後 ・ 別画面で表示は 20.3%
- 打消し表示の文字サイズは 強調表示の 20-30%未満 が高割合
- 打消し表示の呈示時間は 2秒以下 が高割合
- 30ポイント以上の強調表示は 87.3% あるのに対し、打消し表示は強調の 1/5以下が大多数
紙媒体 (新聞 ・ パンフレット ・ 折込チラシ) で:
- 強調表示と打消し表示の 距離 が離れているケースが多数
- 文字色と背景色の コントラスト比 が低いケースが散見
- 「※」記号の参照先 (脚注) が 離れたページ ・ 離れた段 に配置されるケース
スマートフォンで:
- スワイプしないと打消し表示に到達しない構造が多数
- 強調表示と打消し表示が 異なるスクロール位置 に配置
- スマホ固有の 小画面 で、強調表示と打消し表示のサイズ差が肉眼で識別困難
そして アイトラッキング調査 が決定打となった。
被験者が広告を見るときの 視線の動き を計測したところ、打消し表示の上で 視線が止まらない。消費者は強調表示に視線が引きつけられ、打消し表示は「そこに何かある」と認識する前に通過していた。
視線が止まらなければ、内容は読まれない。読まれなければ、表示されていないのと同じである。
「個人の感想です」も「※税抜 ・ 繁忙期除く」も、書いてある側は「表示した」と思っていた。見る側の視線は、その上で止まっていなかった。
2018年 6月 7日、留意点という新しい型
2018年 6月 7日、消費者庁は 「打消し表示に関する表示方法及び表示内容に関する留意点」 を公表した。法令でもガイドラインでもない、「留意点」という新しい型 の文書である。
留意点の中身は次のように整理された。
表示方法に関する留意点:
- 文字の大きさ ── 強調表示の文字サイズに対して打消し表示が著しく小さくないこと
- 文字と背景の色 ── 識別できるコントラスト比
- 配置 ・ 距離 ── 強調表示と打消し表示が離れていないこと
- 表示時間 (動画広告固有) ── 一般消費者が認識できる秒数を確保
- 配置場所 (スマホ広告固有) ── スワイプを要する位置への配置を避ける
表示内容に関する留意点:
- 強調表示と打消し表示の 内容が矛盾しない こと (例: 「全員返金」+「※条件あり」は矛盾)
- 打消し表示の 記述が明瞭 であること
- 「個人の感想」が誤認を解消しないケース ── 体験談の文言だけで打消しになると考えるのは不適切
「留意点」は法令ではない。違反すれば直接に罰せられるわけではない。だが、消費者庁が 打消し表示を含む広告全体で消費者に伝わる「総体としての表示内容」 を不当表示として認定する運用基準として機能する。
強調表示と打消し表示の総体で誤認させる広告は、5条 1号 (優良誤認) または 5条 2号 (有利誤認) に該当しうる ── これが 2018年 6月以降の景表法の運用方針として明確化された。
2024年 8月 8日、消費者庁は RIZAP に対する措置命令を出す。「結果にコミット」の強調と、結果を保証しない条件の打消し表示の総体で、消費者を誤認させたという認定だった。1980年の米国 FTC が "clearly and conspicuously" を打ち出してから 44年後、日本の景表法も同じ判定枠組みで運用されるようになっていた。
2008年と 2018年、2回見られた視線
公取委 2008年の調査は、消費者の 眼鏡を外しての視認実験 という地味な手法だった。50歳以上のモニターが、加齢で見えにくくなる文字をどう感じるか。結果は出たが、法令にはならなかった。
消費者庁 2018年の調査は、被験者の 眼球の動き をカメラで追う精密手法だった。視線が打消し表示の上で止まらない事実が、数値で示された。結果は出て、留意点という運用文書になった。
10年の間に変わったのは、調査技術ではなく、景表法が「不当表示」を判定する枠組みだった。
2008年の景表法は「禁止表示の類型」を列挙する法律だった。「ないことを書いてはいけない」「不利な条件を隠してはいけない」という建付け。打消し表示は、その類型を形式上回避する手段として広告業界に普及していた。「ちゃんと書きました (※小さく、短く、離れて、でも書きました)」と言える状態を作る技術が成熟していた。
2018年の景表法は「消費者の認識に届くかどうか」で判定する法律になった。文字を画面に出すこと自体ではなく、視線がそこで止まるか、内容を理解できるかで表示の有無を判定する。これは、米国 FTC が 1980年代から積み上げてきた "clearly and conspicuously" の運用と、本質的に同じ枠組みである。
2回見られた視線 ── 公取委 2008年と消費者庁 2018年 ── は、同じ風景を 別の眼差し で見たことになる。1回目は「読みにくい」、2回目は「そもそも読まれていない」。
法律は、いつも勝者が出た翌朝に作られる。打消し表示の場合、勝者は「形式表示で逃げる広告主」であり、被害者は「強調を信じて買った消費者」だった。翌朝の法律は、勝者の逃げ道を 1本ずつ塞いでいった。
「個人の感想です」「効果には個人差があります」「※条件あり」── これらの定型句は今も画面に出続けている。だが、その文字が小さすぎたり、表示時間が短すぎたり、視線が止まらない位置に置かれていたら、もはや 表示としては存在しないもの として扱われる。
FAQ
打消し表示とは何ですか?
強調表示 (大きく目立つ訴求) と組み合わせて表示される、条件 ・ 例外 ・ 留保を示す補足表示のことです。例: 「全額返金保証」(強調) + 「※未開封品 ・ 8日以内 ・ 送料自己負担」(打消し)、「効果実感 92%」(強調) + 「※モニター 50名中の割合」(打消し)、「個人の感想です」(打消し)。強調表示と打消し表示の総体で消費者に伝わる印象が、景表法 5条 1号 (優良誤認) または 5条 2号 (有利誤認) の認定対象になります。
消費者庁の打消し表示実態調査はいつ行われましたか?
2016年 10月から 2018年 2月にかけて 3本の実態調査 が行われ、2017年 7月 14日 (紙 ・ 動画)、2018年 5月 16日 (スマホ)、2018年 6月 7日 (視線計測) に順次公表されました。同 2018年 6月 7日には、3本の調査結果を統合した 「打消し表示に関する表示方法及び表示内容に関する留意点」 が公表されています。前身として公正取引委員会が 2008年 6月 13日に 「見にくい表示に関する実態調査」 を公表していました。
打消し表示の文字サイズや表示時間に明確な基準はありますか?
消費者庁の 留意点 (2018年 6月 7日) は、強調表示の文字サイズに対する打消し表示の比率や、動画広告での表示秒数について、固定の数値基準は示していません。代わりに「一般消費者が認識できる程度」という機能的基準を採用しています。実態調査では、強調表示の 20-30%未満 の文字サイズや 2秒以下 の表示時間で打消し表示が出るケースが多く確認され、これらは認識可能性が低いとされました。事例ベースの認定が積み上がる運用です。
「個人の感想です」と書けば違反を回避できますか?
いいえ、回避できません。消費者庁の 留意点 は、体験談広告で「個人の感想です」「効果には個人差があります」と注記しただけでは打消し表示として機能しないケースを明示しています。強調表示で謳う効果が一般消費者にとって典型的でない場合、典型的な結果との差や、効果が出る条件 ・ 期間 ・ 個人差の程度を具体的に開示する ことが求められます。出自は米国 FTC の 1980年 Endorsement Guides (16 CFR Part 255.2) の "clearly and conspicuously" 原則に遡ります。
打消し表示違反は課徴金の対象になりますか?
なります。打消し表示の不適切配置によって、強調表示と打消し表示の総体が 5条 1号 (優良誤認) または 5条 2号 (有利誤認) に該当する場合、課徴金の対象になります。2016年 4月 1日施行の課徴金制度は対象売上の 3%を国庫納付させる仕組みで、打消し表示問題は 課徴金額認定の前提となる「不当表示の射程」を画定する論点 として、2017-2018年の実態調査によってルール化が進みました。
関連プリセット
GuidelineChecker の 景表法ベース プリセットには、本記事で扱った「打消し表示に関する実態調査報告書」(2017年 7月) およびその後の留意点が、不当表示認定の根拠ガイドラインとして収録されています。NG/OK 例には「※ただし条件あり (極小 ・ 薄色 ・ 別画面)」「効果には個人差があります (5px グレー文字)」など、本記事で論じた典型違反パターンが含まれています。サブスク詐欺型の打消し問題は 特定商取引法 ・ 通販 プリセットでカバーされます。