薬機法 読了 17 分

ネット販売の16年、2025年 ── 後藤玄利の訴訟から、薬機法が動き続けた

2009年、厚労省は省令で医薬品ネット販売を全面禁止した。ケンコーコム創業者 後藤玄利は提訴し、2013年最高裁で勝訴。

だが翌2014年、立法府は「要指導医薬品」を新設して対面販売義務を法律に書き込んだ。司法→立法→司法→立法、4ラリーの末、2025年5月、薬機法は自ら書いた壁を取り払う。

目次 (10 章)
  1. 2009年改正薬事法と省令の壁
  2. 後藤玄利と ケンコーコム ── 3年の訴訟
  3. 2013年最高裁 ──「省令は委任を逸脱」
  4. 三木谷浩史と立法の巻き返し ── 2014年要指導医薬品
  5. 第二次訴訟 ── 2021年、要指導医薬品は合憲
  6. 「対面神話」が崩れるまで ── 厚労省が方針転換した理由
  7. 2025年改正 ── 16年後の決着
  8. 16年で薬機法が決めたこと
  9. FAQ
  10. 参考文献

2025年5月14日。

参議院本会議で、ある法案が可決成立した。「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第37号)

販売制度部分の核心は、ひとつ ──「要指導医薬品のオンライン販売を解禁する」。

12年前の 2013年1月11日、最高裁第二小法廷は 「厚労省令によるネット販売禁止は法律の委任を逸脱しており違法」と判決した。原告は ケンコーコム創業者 後藤玄利。後藤は法廷で勝った。

だが翌2014年、厚労省と立法府は 「要指導医薬品」カテゴリを新設し、対面販売義務を 法律本則に書き込む形で巻き返した。

そして 11年後の 2025年。立法府は自らが書いた壁を、自らの手で取り払う。

これは GuidelineChecker のコラム 39本目、薬機法シリーズの 16本目である。2019年改正 (課徴金)2022年改正 (緊急承認) と続いた薬機法現代化シリーズの 3本目として、ネット販売の16年史を辿る。


2009年改正薬事法と省令の壁

2009年6月1日。改正薬事法 (2006年6月14日公布、平成18年法律第69号) が本格施行された。

主な改正点は、一般用医薬品 (OTC) の 3分類化:

分類内容
第1類リスクの特に高い医薬品 (H2 ブロッカー等) ── 薬剤師による情報提供義務
第2類リスクの比較的高い医薬品 (風邪薬の多くなど) ── 薬剤師または登録販売者の関与
第3類リスクの比較的低い医薬品 (ビタミン剤等) ── 制限緩やか

ここまでは法律で決まっていた。問題はその先 ── 厚労省が省令で何を加えたかだ。

2009年2月6日公布の 「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」(平成21年厚生労働省令第10号) で、厚労省は 第1類・第2類のネット販売を全面禁止にした。

論拠は「対面販売による安全性確保」。だが法律本則には、ネット販売を禁止する明文規定がなかった。

これが訴訟の引き金になる。


後藤玄利と ケンコーコム ── 3年の訴訟

後藤玄利 ── 1967年2月4日、大分県臼杵市生まれ。

東京大学教養学部基礎科学科を 1989年に卒業、アンダーセンコンサルティング (現アクセンチュア) でキャリアを始めた。父・後藤國利は うすき製薬の代表で、後に臼杵市長 (1997-2009)。家業が製薬という背景が、薬を売る権利への執着の根にある。

1994年11月にヘルシーネット設立、2000年5月にEC化して ケンコーコムを立ち上げ、2004年6月に東証マザーズ上場。健康食品・医薬品のネット販売で成長していた。

そこへ、2009年の省令が降ってきた。

ケンコーコムは即座に提訴。共同原告はもう一社のネット販売事業者 ウェルネット(横浜市)。争点はシンプル ──「厚労省令は、改正薬事法の委任範囲を超えていないか」。

三段階の訴訟

段階日付判決
東京地裁2010年3月30日請求棄却 ── 省令は合理性あり
東京高裁2012年4月26日逆転勝訴 ── 改正薬事法にネット販売禁止の直接規定なし
最高裁第二小法廷2013年1月11日国の上告棄却・勝訴確定

一審敗訴から最高裁勝訴まで、ほぼ3年の闘い。事件番号は 平成24年(行ヒ)第279号


2013年最高裁 ──「省令は委任を逸脱」

2013年1月11日。最高裁第二小法廷 (裁判長 竹内行夫) は、国の上告を棄却した。

判決文の核心はこうだった。

新薬事法の規定中に、その制定法律としての性質上、新施行規則の上記各規定が、郵便等販売を規制すべきとの趣旨を明確に示すものは存在せず、国会も同様の意思を有していたとも認め難い

つまり ──

論点最高裁の判断
「対面販売による安全性確保」は政策として妥当か(判断せず)
国会はネット販売を禁止する意思を持っていたか明確に示していない
法律に明文がない以上、省令で実質禁止できるか委任の範囲を逸脱、違法

判決は 「政策の妥当性」ではなく「立法プロセスの正当性」を問うた。「ネット販売を禁止したいなら、国会で堂々と議論し、法律に書け」── これが司法のメッセージだった。

判決当日、ケンコーコム・ウェルネットは 第1類・第2類のネット販売を再開。業界全体に解禁の波が広がった。

そして、もう一人の主役が動き出す。


三木谷浩史と立法の巻き返し ── 2014年要指導医薬品

2012年5月17日。最高裁判決の8か月前、楽天 三木谷浩史はケンコーコム株 40%を取得していた (子会社分含め51%)。「ネット販売解禁の象徴企業」を抱え込む形だった。

2013年6月、三木谷は 新経済連盟代表として、安倍政権の 産業競争力会議民間議員に就任。規制改革の急先鋒として、ネット販売解禁を訴え続けた。

だが厚労省と自民党は、別の道を選ぶ。

要指導医薬品の誕生

2013年12月13日公布、2014年6月12日施行の改正法で、薬事法は 「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法) に改名。

同時に、新カテゴリ 「要指導医薬品」が誕生した。

項目内容
対象スイッチOTC直後品目 (一般用医薬品移行後、原則3年以内) と 劇薬指定
販売要件薬剤師による対面情報提供・指導が義務
ネット販売不可
代表品目ロキソニンS、ガスター10、エパデール、アレジオン20
移行3年経過し安全性確認後、第1類医薬品へ移行 → ネット販売可

要指導医薬品 = 「対面販売義務を法律本則に書き込む」設計。

最高裁が「省令で禁止できない」と裁いたなら、法律本則に書けば合憲だろう ── これが厚労省・自民党の応答だった。

三木谷は 2013年11月6日、産業競争力会議委員を辞任。「規制改革の動きを止める」抗議のためだった。


第二次訴訟 ── 2021年、要指導医薬品は合憲

立法の巻き返しに対し、ネット業界は 再び訴訟を起こした

原告は Rakuten Direct (旧ケンコーコム、2016年に楽天の完全子会社化で社名変更)。被告は国。争点は「要指導医薬品の対面販売義務は憲法22条1項 (職業の自由) に違反しないか」。

三段階の再戦

段階日付判決
東京地裁2017年7月18日請求棄却
東京高裁2019年2月6日控訴棄却
最高裁第一小法廷 (裁判長 小池裕)2021年3月18日上告棄却 ── 合憲確定

最高裁の論理 ──「対面販売義務は 職業活動の態様規制にとどまり、職業選択の自由の本質的な制約には当たらない。スイッチOTC直後品目の安全確認という 立法目的に合理性があり、手段としての対面販売義務にも 合理性がある」。

司法と立法のパワーバランスが、逆転した瞬間だった。1回目の最高裁 (2013) で行政の越権を裁いた司法が、2回目 (2021) では立法の判断を尊重した。

ケンコーコムの完全子会社化

2015年11月26日、楽天は TOB を発表 (1株 1,005円、約39.5億円)。2016年1月19日 TOB成立、3月9日 マザーズ上場廃止。後藤玄利は 2014年8月末に既に代表取締役を辞任、2016年に ジャクール株式会社を創業し、新しい挑戦に向かっていた。

司法で勝った象徴企業」は、楽天の販売チャネルとして取り込まれ、後藤は別の場所へ移った。


「対面神話」が崩れるまで ── 厚労省が方針転換した理由

第二次訴訟で 対面販売義務は合憲と確定したのが 2021年。それからわずか 4年で、厚労省は 自ら対面義務を取り払う改正に動いた。

16年守ってきた立場を、なぜ反転させたのか。理由は4つあった。

1. COVID とオンライン服薬指導の常態化

2020年4月、COVID 緊急対応として オンライン服薬指導が時限的に解禁。2022年4月、薬機法改正でこれが 恒久化された。

国民は「オンラインで処方薬を受け取る」経験を、2年にわたって積み重ねた。「対面でないと安全確保できない」という主張の現実的説得力は、目に見えて低下した。

2. 11年の運用実績 ── 対面神話の実証的崩壊

第1類・第2類のネット販売解禁 (2014年) から 11年。厚労省・PMDA・日本薬剤師会が予測した「重大事故の頻発」は、実際にはほぼ発生しなかった。

「対面でないと安全確保できない」という主張のエビデンスが、11年の運用で 裏付けられなかった ── これが最も大きな転換要因だった。

3. 医療DX と薬局アクセス問題

並行して、政府全体の方針が変わった。医療DX推進 (2022年〜、デジタル庁・規制改革推進会議主導)、電子処方箋運用開始 (2023年)、電子お薬手帳の普及。

加えて、高齢化と地方の薬局減少で「買い物難民」化が薬でも発生。「対面義務が、むしろ医療アクセスを阻害している」という認識が広がった。

4. 緊急避妊薬議論の影響

もうひとつの伏線が、緊急避妊薬 (アフターピル) OTC化議論だった。

「対面でしか買えない」設計は、若年女性にとって 事実上の制限として機能していた。性被害後の緊急避妊が、地方や夜間で 手に届かない問題が表面化。

ただし、完全オンライン解禁には別の懸念があった ── 薬物相互作用の確認、避妊失敗時のフォローアップ、性被害ケースでの相談対応、若年層の 繰り返し使用リスク。これらは薬剤師の対面相談が必要と判断された。

結果、「処方箋を不要にする (アクセス改善) + 対面販売は維持 (安全性確保)」という妥協が成立した。2023年11月から要件を満たす薬局で 試験販売が始まり、緊急避妊薬は「特定要指導医薬品」として恒久対面となる。問題の本質 ── 「いつでもどこでも」── は、販売できる薬局の拡大で部分的に対応された形だ。

この議論を通じて、「対面義務はケースバイケースで判断すべき」という考え方が定着した。

検討会の4年

これらを背景に、2022年、厚労省「医薬品の販売制度に関する検討会」 (座長 森田朗 次世代基盤政策研究所代表理事) が議論を開始。業界団体・消費者団体・規制改革派が約2年議論し、2024年1月12日にとりまとめを公表。「全面解禁ではなく、対面が不可欠な品目だけ残す」という整理に落ち着いた。

そして 2025年。


2025年改正 ── 16年後の決着

検討会のとりまとめを受けて、改正法案は動き出す。

日付出来事
2025年2月12日改正法案 閣議決定・国会提出
2025年4月17日衆議院本会議 通過
2025年5月14日参議院本会議 可決成立
2025年5月21日公布 (令和7年法律第37号)
2026年5月1日販売制度部分 施行

販売制度の核心

項目改正内容
要指導医薬品オンライン服薬指導下での販売を解禁 (薬剤師の判断で可)
特定要指導医薬品 (新設)緊急避妊薬等、恒久的に対面販売が必要な品目を区分。安全性確認後も区分変更されない
登録受渡店舗 (新設)薬剤師非常駐の店舗 (コンビニ等) で医薬品の受取が可能に
指定濫用防止医薬品エフェドリン等 6成分18歳未満は1箱のみ、対面またはビデオ通話確認
販売区分「薬剤師のみ」と「薬剤師または登録販売者」の2区分に再編
調剤業務外部委託同一都道府県内で一包化等を許可制で解禁

要指導医薬品の 対面販売義務が原則廃止された。後藤玄利が 2009年に挑んだ壁が、ようやく 立法府の手で正式に取り払われた

ただし「特定要指導医薬品」という 恒久対面販売区分は残った。緊急避妊薬のような、対面が 不可欠と判断される品目には引き続き対面義務が課される ── 全面解禁ではなく、バランス調整だ。


16年で薬機法が決めたこと

時系列で見ると、構造が見える。

主体出来事
2009年行政厚労省令でネット販売禁止
2013年司法 (1回目)最高裁「省令は委任を逸脱」
2014年立法 (1回目)要指導医薬品制度創設 (法律本則で対面義務)
2021年司法 (2回目)要指導医薬品は合憲確定
2025年立法 (2回目)要指導医薬品のオンライン販売解禁

司法は 2回介入した。1回目で行政の越権を止め、2回目で立法の合憲性を認めた。

立法は 2回応答した。1回目で司法の判決後に対面義務を法律に書き、2回目で自ら書いた壁を取り払った。

省令という壁が、ひとりのネット起業家によって最高裁で破られ、その16年後に立法が自ら壁を撤去した」── これがネット販売16年史の構造だ。

そして「効くなら、証明せよ」(売薬法) で始まった薬機法は、ここまでで以下の節目を経た。

節目キーフレーズ
売薬法 1914年効くなら、証明せよ
サリドマイド・スモン市販前審査と市販後監視の起源
薬機法 2014年iPS細胞が動かした法律名
薬機法 2019年改正論文は広告ではない、しかし牙は立つ
薬機法 2022年改正証明は遅らせても、放棄はしない
本記事 (薬機法 2025年改正 ・ 販売制度)対面販売義務は、16年で解かれた

次回は同じ 2025年改正の 後編 ── 偽造ハーボニー、ジェネリック供給不足、メディカルダイエットと遠隔処方 を扱う。販売制度ではない、流通・供給・遠隔の話だ。


FAQ

2025年の薬機法改正で何が変わったのですか?

販売制度の核心は、要指導医薬品の オンライン服薬指導下での販売解禁です。改正法は 2025年5月14日成立、5月21日公布 (令和7年法律第37号)、販売制度部分は 2026年5月1日施行。要指導医薬品 (スイッチOTC直後品目) は従来 対面販売のみでしたが、薬剤師の判断によるオンライン服薬指導があれば販売可能になります。同時に「特定要指導医薬品」(緊急避妊薬等、恒久対面)、「登録受渡店舗」(コンビニ等で受取可)、「指定濫用防止医薬品」(エフェドリン等6成分、18歳未満1箱制限) などが新設・再編されます。

なぜ 2009年に厚労省はネット販売を禁止したのですか?

2006年改正薬事法 (2009年施行) で一般用医薬品が第1類・第2類・第3類に分類された際、厚労省は 省令 (平成21年厚生労働省令第10号) で第1類・第2類のネット販売を全面禁止しました。論拠は「対面販売による安全性確保」「薬剤師の説明義務」。しかし法律本則にはネット販売を禁止する明文規定がなく、省令が法律の委任範囲を超えているのではないかという論点が生まれました。

後藤玄利とは誰ですか?

ケンコーコム創業者。1967年2月4日大分県臼杵市生まれ、東京大学教養学部基礎科学科 1989年卒、アンダーセンコンサルティング (現アクセンチュア) で キャリアを始めた後、1994年11月にヘルシーネット設立、2000年5月にケンコーコムをEC化、2004年6月に東証マザーズ上場。父・後藤國利は うすき製薬代表で、後に臼杵市長 (1997-2009)。2009年の厚労省ネット販売禁止省令に対して提訴し、2013年最高裁で勝訴。2014年8月にケンコーコム代表取締役を辞任、2016年にジャクール株式会社を創業しています。

2013年最高裁判決の核心は何ですか?

2013年1月11日 最高裁第二小法廷 (裁判長 竹内行夫) の判決 (平成24年(行ヒ)第279号) は、「新薬事法の規定中に郵便等販売を規制すべきとの趣旨を明確に示すものは存在せず、国会も同様の意思を有していたとも認め難い」として、厚労省令を 法律の委任範囲を逸脱して違法・無効と判断しました。重要なのは判決が「対面販売の政策的妥当性」を判断したのではなく、「立法プロセスの正当性」を問うた点です。ネット販売を禁止したいなら、省令ではなく 法律本則に明記すべき、というメッセージでした。

要指導医薬品とは何ですか?

2014年6月12日施行の薬機法で新設された医薬品カテゴリ。スイッチOTC直後品目 (一般用医薬品移行後 原則3年以内) と劇薬指定の医薬品で、薬剤師による対面情報提供・指導が法律本則で義務付けられました。代表例はロキソニンS、ガスター10、エパデール、アレジオン20。3年経過し安全性確認後は第1類医薬品へ移行し、ネット販売が可能になる仕組み。最高裁2013年判決で「省令でのネット販売禁止」が違法とされたため、厚労省・自民党は 法律本則に対面義務を書き込む形で巻き返しました。

第二次訴訟の結末は?

楽天傘下となった Rakuten Direct (旧ケンコーコム) が要指導医薬品の対面販売義務の違憲性を争い、東京地裁 (2017年7月18日 棄却)、東京高裁 (2019年2月6日 控訴棄却)、最高裁第一小法廷 (2021年3月18日、裁判長 小池裕) 上告棄却で、対面販売義務は 合憲確定。最高裁は「職業活動の態様規制にとどまり、職業選択の自由の本質的な制約には当たらない」と判断しました。司法と立法のパワーバランスが、2013年と逆転した瞬間です。

三木谷浩史はどう関わったのですか?

楽天会長兼社長、新経済連盟代表として、2012年5月17日にケンコーコム株を 40%取得 (子会社分含め51%)、最高裁判決後の規制改革推進に深く関与しました。2013年6月、安倍政権の産業競争力会議民間議員に就任しネット販売解禁を主張しましたが、2013年11月6日に要指導医薬品制度の新設に抗議して委員辞任を表明。2015年11月26日にTOBでケンコーコムを完全子会社化 (1,005円/株、約39.5億円)、2016年3月9日マザーズ上場廃止。