1965年(昭和40年)2月11日、千葉県のある農村。
団体旅行から戻ったその日、男性は「強力パブロンアンプル」と書かれた、ガラスの小さな容器入りの風邪薬を飲んだ。
数時間後、彼は急死した。
その3日後、同じ千葉県で、ひとりの老人と15歳の少女が、同じ種類の薬を飲んで死んだ。
これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 25本目、薬機法シリーズの 5本目である。21本目 万病に効く、1914年 で誇大広告規制の起源、22本目 ヒロポン、1951年 で「物そのものを禁じる」分岐、23本目 サリドマイド、1962年 で市販前審査の起源、24本目 スモン、1970年 で市販後監視と被害救済の起源を辿った。今回は、食品と薬の境目を引いた一片の通知の話である。
ガラスの小瓶
アンプル入り風邪薬は、薬局の棚に並んでいた。
注射剤と同じ、細長いガラスの小瓶である。首のところに細い刻みが入っていて、そこを指で折ると、ぱきりと割れる。割れ口から、薬液を直接口に流し込む。医療現場で看護師がアンプルを開ける、まさにあの動作で飲む風邪薬だった。
普通の錠剤よりも、「効きそう」に見えた。各社が競うように発売した——大正製薬の「強力パブロン」、エスエス製薬の「エスピレチン」。
問題は、ピリン系の解熱鎮痛剤——アミノピリン、スルピリン——がアンプル形態だと常用量を超えて含まれていたことだった。錠剤なら何錠かに分けて飲む量が、ひと瓶に押し込まれていた。「効きそう」な形が、致死量を運んでいた。
1959年から1965年までの7年間で、ショック死した人は38人にのぼった。
特に1965年2月、千葉県と静岡県で連続した。同月17日、静岡県伊東市の39歳の主婦が「エスピレチン」を飲んで死亡。
その10日後、2月27日、厚生省は決断を下す。「強力パブロン」「強力テルミックス」(大正製薬)、「エスピレチン」(エスエス製薬)の3製品について、製造業者に販売中止を一斉に指示した。
国会の社会労働委員会で問題化し、アンプル入り風邪薬は最終的に全面発売禁止へ追い込まれた。
ガラスの小瓶という形が、人を殺し得る。そういう記憶が、厚生省に刻まれた。
リポビタンと、もうひとつのガラス瓶
同じ頃、街にはもうひとつ、ガラスの小瓶が増えていた。
1962年(昭和37年)、大正製薬は「リポビタンD」を発売する。茶色いガラス瓶入りの栄養ドリンクで、当時は医薬品として承認を取って売られていた。働き盛りの男性を主な客層に、薬局の店頭でヒット商品となる。
ところが、その隣には、同じような形のガラス瓶に詰めて「これは薬ではない、ただの清涼飲料水だ」と称して売り出される類似商品が、続々と現れた。中には、アンプル風邪薬と同じ形——ガラスを割って飲む小瓶——を真似て、「清涼飲料水」として売られる商品まで出た。
清涼飲料水なら、薬機法の効能効果規制も承認制も関係ない。だが、容器の形は、薬だった。
ドリンク剤か、医薬品まがいの清涼飲料水か。「効きそう」に見える剤型を、食品が拝借する。その境目は、曖昧だった。
1968年(昭和43年)6月3日、厚生省薬務局監視指導課長は「ドリンク剤およびドリンク剤類似清涼飲料水の取扱いについて」という通達を出す。薬監第153号。「ドリンク剤類似清涼飲料水」——その名のとおり、薬を装った食品を、行政は名指しで取り締まろうとしていた。
これが、後の46通知の直接の前史となる。
1971年6月1日、薬発第476号
1971年(昭和46年)6月1日、厚生省薬務局長から、各都道府県知事宛に、一片の通知が出た。
正式名称は「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」。番号は薬発第476号。
俗に「四十六年通知」と呼ばれる。
法律ではない。国会も通っていない。ただの局長通知である。
通知の冒頭は、こう書き起こされていた。
「その本質、形状、表示された効能効果、用法用量等から判断して医薬品とみなされるべき物が、食品の名目のもとに製造販売されている事例が少なからず見受けられる」
「保健衛生上の危害」「不良品及び偽薬品の発生」「医薬品概念の崩壊」——通知は、3つの懸念を並べていた。
その一文に、後に「4要素」と呼ばれる判定基準のすべてが、すでに埋め込まれていた。
①成分本質、②効能効果、③形状、④用法用量。
このうち1つでも医薬品的なら、その商品は——たとえラベルに「食品」と書かれていても——薬機法上の医薬品とみなされる。承認なく売れば違法、広告すれば違法だ。
別紙には「医薬品の範囲に関する基準」と題して、4要素のそれぞれの解釈が並ぶ。専ら医薬品として使われる成分の一覧——ホルモン、抗生物質、麻薬類縁体、生薬。そして医薬品的な形状の筆頭には、「アンプル剤」が書き込まれていた。
食品やドリンク剤があの形を真似ることを、行政は許さなかった。
6年前、千葉の農村で人を殺したガラスの小瓶の記憶は、まだ生々しかった。
効能効果を書いた瞬間
46通知の力は、半世紀を経たいまも、最高裁の一言に支えられている。
1982年(昭和57年)9月28日の決定。「つかれず」「つかれず粒」と呼ばれる商品をめぐる事件だった。
主成分は、レモン酢と梅酢。完全な食品由来で、人体への害は無い。だが業者は、こう宣伝していた——「高血圧、糖尿病、低血圧、貧血等に良く効く」。
業者の言い分は、こうだったろう。中身は食品なのだから、薬機法は関係ない。
最高裁はこう判じた。客観的に薬理作用があるか無いかは、関係ない。商品の成分、形状、名称、表示された使用目的・効能効果・用法用量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、通常の人が「これは病気の治療や予防に使う物だ」と理解するなら——それは医薬品だ。
成分は食品でも、効能効果を書いた瞬間に、薬になる。
6年後、最高裁はもう一度同じ趣旨を確認した。1988年(昭和63年)4月15日。今度は「高血圧、動脈硬化、肝臓疾患、便秘等に効果がある」と謳ったポスターで売られた商品。やはり、医薬品だと判断された。
「飲むだけで痩せる」「便秘がなおる」「肝機能向上」「老化防止」「免疫力アップ」と書かないでください、と現代の広告審査が告げる、その理由はここにある。
半世紀の延命
46通知は、その後ほとんど形を変えなかった。
「効能効果を一切書けないのは厳しすぎる」という声には、例外で応えた。1991年の特定保健用食品(トクホ)、2015年の機能性表示食品。事業者が個別審査や届出を経れば、限定された機能表示が許される、と。だが例外は例外であり続け、本体には誰も手をつけなかった。
2024年、その機能性表示食品制度から大きな健康被害事件が起きたあとも、改正されたのは例外制度のほうだった。46通知本体は、無傷で残った。
そして、4要素はいまも働いている。
通知が出された1971年、インターネットも、SNSも、まだ世界に無かった。それから54年経って、健康食品の広告に「血糖値を下げる」と書かれたとき、化粧品の広告に「シミが消える」と書かれたとき、サプリのインフルエンサー投稿に「飲むだけで痩せる」と書かれたとき——判定はすべて、半世紀以上前の薬発第476号の別紙にある、同じ4要素に戻ってくる。
その違反に、いまは億単位の課徴金がつくこともある。半世紀前の薬務局長が書いた数枚の文書が、令和のインフルエンサーマーケティングを律している。同じ広告を、景表法側でも ステマ規制 (2023年) が律している。広告主・代理店・インフルエンサーは、二本の柱の両方を同時に通過する。
一片の通知
1914年の売薬法が、「効くなら、証明せよ」と言った。「効能の嘘」を縛る出発点だった。
1951年の覚せい剤取締法が、効きすぎる薬を「物そのもの」で禁じた。
1979年の薬事法改正が、「効くと分かっても監視せよ、被害が出たら救済せよ」と国家に課した。
そして1971年の46通知が、「効くと書いた食品は、薬とみなす」と告げた。
法律ではなく、ただの局長通知が——ガラスの小瓶の記憶を抱えたまま、令和のスマートフォンの中の広告までを、今日も律している。
FAQ
46通知とは何ですか?
正式名称は「無承認無許可医薬品の指導取締りについて」(昭和46年6月1日 薬発第476号)。厚生省薬務局長が各都道府県知事宛に出した通知で、ある商品が医薬品か食品かを「成分本質・効能効果・形状・用法用量」の4要素で判定する基準を示しました。1971年に発出されて以降、いまも食薬区分判断の屋台骨です。
なぜ法律ではなく通知だったのですか?
46通知は新しい法律を作るのではなく、既存の薬事法(現・薬機法)の医薬品の定義(第2条)をどう解釈・運用するかを示した行政指導です。健康食品や食品の販売実態は急速に変化するため、国会審議を経る法律より柔軟に対応できる通知の形が選ばれました。法的拘束力はありませんが、無承認医薬品該当の判断基準として、現場の取り締まりは46通知に沿って動いています。
食品に「効く」と書くとどうなりますか?
46通知の運用上、食品やサプリでも「便秘がなおる」「血圧が下がる」「免疫力アップ」「飲むだけで痩せる」などの医薬品的効能効果を表示した瞬間に、その商品は薬機法上の医薬品とみなされます。承認を受けていなければ未承認医薬品の販売・広告として違反となり、最大2年以下の懲役または200万円以下の罰金、2021年8月以降は対象商品売上の4.5%の課徴金が課されます。
特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品とどう関係しますか?
両制度は、46通知が原則禁じる「効能効果の表示」の例外として、それぞれ1991年と2015年に作られました。個別審査を経たり、事業者責任で科学的根拠を届出したりすることで、限定的な機能表示が許される仕組みです。ただしこれらは例外であり、46通知本体は今も無傷で運用されています。
いまの広告審査にどう影響しますか?
健康食品・サプリ・化粧品の広告は、いまも46通知の4要素テストで判定されます。違反すれば薬機法上の未承認医薬品の販売・広告として罰則が課され、2021年8月以降は対象商品売上の4.5%の課徴金もあります。薬機法の広告規制は「何人も」を主語にしており、広告主だけでなく代理店、制作者、インフルエンサー、アフィリエイターも責任を負います。