1980年(昭和55年)10月9日、厚生省薬務局長は同じ日に2通の通知を出した。
1通は、前年に成立した薬事法大改正の施行通知。
もう1通が、医薬品等適正広告基準。
その日を境に、「最高」「絶対安全」「医師も推奨」「私はこれで治った」——これらは、すべて禁じ手になった。
これは GuidelineChecker の編集部が書く、コラムの 26本目、薬機法シリーズの 6本目である。23本目 サリドマイド、1962年 と 24本目 スモン、1970年 で、市販前審査と市販後監視・被害救済の起源を辿り、二つの薬害が 1979年10月1日公布の薬事法大改正に結実するまでを見届けた。25本目 四十六年通知、1971年 では、食品が薬になる線が引かれた経緯を辿った。スモン記事の最後で予告した「別の話」── 薬事法改正の 1年後、その落とし子として薬務局長通知という一片の紙が、医薬品広告で使ってよい言葉そのものを書き換えた日の話である。景表法側で ニセ牛缶、1962年 から ステマ規制、2023年 まで「表示の真偽」が律されてきた、その隣で動き続けた、もう一本の広告規制の話でもある。
同日二通の通知
サリドマイドの和解が成立したのは、1974年だった。
胎児に重い障害を残した薬を、国と製薬企業がついに認めた、戦後最大の薬害訴訟の和解である。その5年後の1979年9月、もう一つの大型薬害——整腸剤キノホルムによるスモン——の和解も決まる。
国会は動かざるをえなかった。
1979年(昭和54年)10月、薬事法の大改正(法律第56号)が成立する。法の目的に「有効性・安全性の確保」を明記。
承認審査の法定化、再審査・再評価制度、副作用報告、製造管理基準(GMP)の法定化、緊急命令・回収命令の権限——薬を「売る前に審査し、売った後も監視する」仕組みが、ここで一気に法律に書き込まれた。
この改正の主要部分が施行されたのは、約1年後の1980年9月30日。
その10日後、1980年10月9日、厚生省薬務局長から都道府県知事宛に、2通の通知が発出された。
- 薬発第1330号「薬事法の一部を改正する法律の施行について」
- 薬発第1339号「医薬品等適正広告基準について」
前者は1979年改正の施行通知。後者は、戦後二度目となる広告基準の全面改定だった。
「薬事法本体で承認と安全性を強化したのだから、広告ルールも同じ水準に引き上げなければ、制度が片肺になる」——立法者の認識は、そういうものだった。
サリドマイドとスモンで法の言葉が書き換えられた、その10日後、広告の言葉もまた書き換えられた。
六年先に動いた業界
行政が動く前に、業界はすでに動いていた。
1974年(昭和49年)8月28日、東京会館で開かれた一つの設立総会に、当時の通産大臣・中曽根康弘が出席している。
社団法人日本広告審査機構(JARO)。米国のBetter Business Bureauをモデルにした、業界初の広告自主規制機関である。
1973年のオイルショック後、消費者の企業不信は深まっていた。合成洗剤、マルチ商法、虚偽誇大広告。誰かが、広告を律する仕組みを作らなければならなかった。
JAROは設立初年度に54件の苦情を受け付ける。多くは虚偽誇大広告の指摘だった。
翌1975年には、健康食品の広告について「医薬品的な効能効果の暗示」で薬事法違反の懸念を3社に指摘。1978年には、ある医薬品のテレビCMの「よーく効く」という表現を、誇大広告として認定している。
業界が動いてから、6年。1980年、行政がようやく追いついた。
禁じ手のリスト
1980年10月9日の薬発第1339号は、別添「医薬品等適正広告基準」を伴っていた。
そこに並んでいたのは、書いてはいけない言葉のリストだった。
| 禁止カテゴリ | 禁じられた表現の例 |
|---|---|
| 最大級表現 | 最高のききめ/無類のききめ/肝臓薬の王様/世界一を誇る○○/絶対安全/比類なき安全性 |
| 効能効果の保証 | 根治/全快する/副作用の心配はありません/安全性は確認済み/副作用が少ない |
| 速効・持続性の保証 | すぐ効く/飲めばききめが三日は続く |
| 医療関係者の推せん | 医師も推奨/○○大学教授監修/当院採用 |
| 体験談 | 私はこれで治った/私も使っています/愛用者の感謝状 |
| 製造工程の自慢 | 最高の技術/最先端の製造方法/家伝の秘法による作成 |
| 他社製品との比較 | 「他社の口紅は流行おくれのものばかりである」 |
医療関係者の推せんが禁じ手になった理由は明快だった——消費者がそれを国家公認のように誤認するからである。
体験談には「※個人の感想です」と但し書きをつけても、許されなかった。客観的裏付けにならず、消費者に効能効果や安全性についての誤解を与えるおそれがある——基準は、そう明記していた。
書けない言葉が、こうして1980年に並んだ。
SNSが追いついた日
1980年の基準は、テレビと新聞と雑誌の世界で書かれた。
その世界が変わるのに、37年かかった。
2017年(平成29年)9月29日、薬生発0929第4号——医薬品等適正広告基準の全面改正である。
改正版は、媒体の定義に新しい一文を加えた。「ウェブサイト・ソーシャルネットワーキングサービス等のすべての媒体」。
InstagramもTwitterもTikTokも、明示的にこの基準の射程に入った。
業界では「14点改正」と呼ばれた、この見直しは、二つの方向で動いた。
| 方向 | 主な内容 |
|---|---|
| 緩和 | アルファベット商品名併記の許可/使用前後の画像 (条件付き)/「新発売」期間 6ヶ月→12ヶ月 |
| 厳格化 | 医薬品で「売上No.1」謳い禁止/医療関係者推せん禁止に「薬局」「学会」を追加/複数購入の割引で過量購入を促す広告の禁止 |
37年前、薬務局長が紙の通知に書き込んだリストに、SNS時代の新しい禁じ手が、上書きで足された。
罰は重くなった
1980年に基準が生まれたとき、違反のペナルティは行政指導が中心だった。
2014年、薬事法は薬機法と名を変える。第66条の誇大広告禁止は「何人も」を主語にすることが明文化され、広告主だけでなく、広告を作る代理店も制作者も、全員が責任を負う対象になった。
2020年7月、その「何人も」が、初めて運用された。あるサプリの記事広告をめぐり、広告主、広告代理店の社長、別の広告会社の従業員——同時に逮捕された。
そして2021年8月、薬機法に課徴金制度が導入される。誇大広告の対象商品売上の4.5%を、国庫に納付させる仕組み。景品表示法の課徴金(3%)を上回る、強い牙だった。
1980年の通知が引いたラインを越えた瞬間に、いまは億単位の金が動く。
行政指導から始まった半世紀の牙は、ここまで尖った。
一片の通知
1914年の売薬法が、「効くなら、証明せよ」と言った。
1951年の覚せい剤取締法が、効きすぎる薬を「物そのもの」で禁じた。
1971年の46通知が、「効くと書いた食品は、薬とみなす」と告げた。
1962年のサリドマイドと1970年のスモンは、1979年の薬事法改正に「売る前に審査し、売った後も監視し、被害が出たら救済せよ」と書かせた。
そして1980年10月9日、薬発第1339号が告げた——「何を書いていいか、何を書いてはいけないか、ここに定める」と。
1980年の薬務局長が紙に書き留めた言葉のリストは、それから45年経った今日も生きている。Instagramのインフルエンサー投稿も、TikTokのレビュー動画も、化粧品ECの商品ページも、すべてこの一片の通知が引いたラインの中で書かれている。
FAQ
医薬品等適正広告基準とは何ですか?
医薬品・医薬部外品・化粧品・医療機器・再生医療等製品の広告について、薬機法第66条(誇大広告禁止)の解釈基準を示した行政通知です。正式名称は「医薬品等適正広告基準について」(昭和55年/1980年10月9日 薬発第1339号、厚生省薬務局長通知)。最大級表現、保証的表現、医療関係者の推せん、体験談などを禁じる基準として、現在も日本の医薬品・化粧品広告審査の屋台骨となっています。
なぜ1980年に作られたのですか?
直接の契機は1979年の薬事法大改正(法律第56号)です。サリドマイド事件(1974年和解)とスモン事件(1979年和解)を受けて、法の目的に「有効性・安全性の確保」を明記し、承認審査・再審査・GMP・副作用報告などを法定化した、戦後最大の薬事法改正でした。改正の主要部分が施行された1980年9月30日の10日後、施行通知(薬発第1330号)と並んで「医薬品等適正広告基準」(薬発第1339号)が同日発出されました。「薬事法本体を強化したのだから、広告ルールも同水準に引き上げる必要がある」というのが立法者の認識でした。
違反するとどうなりますか?
基準そのものは行政指導(通知)ですが、違反すれば薬機法第66条(誇大広告禁止)違反として、行政指導→改善命令→刑事罰(2年以下の懲役または200万円以下の罰金)に進みます。2021年8月からは課徴金制度も施行され、対象商品売上の4.5%(最長3年分、自主申告で50%減額)が課されます。景品表示法の課徴金(3%)を上回る率です。
SNSやインフルエンサー広告にも適用されますか?
はい。2017年9月29日の大改正(薬生発0929第4号)で、基準の適用媒体に「ウェブサイト・ソーシャルネットワーキングサービス等のすべての媒体」が明示的に追加されました。Instagram・Twitter・TikTokなどのSNS投稿、インフルエンサーのPR投稿、アフィリエイト記事、レビュー動画など、媒体を問わず適用されます。薬機法第66条は「何人も」を主語としており、広告主だけでなく代理店・制作者・インフルエンサー・アフィリエイターも責任を負います。
化粧品広告で「シミが消える」が書けないのはなぜですか?
化粧品が広告できる効能効果は、厚生労働省告示で「日焼けによるシミ・そばかすを防ぐ」「小じわを目立たなく見せる(メーキャップ効果)」など56項目に厳密限定されており、「シミが消える」「シワがなくなる」「肌質が変わる」はその範囲外です。範囲を超える効能を標榜すると、医薬品的効能効果の表示として薬機法上の無承認医薬品扱いになり、違反となります。同じ理由で「アトピーに効く」「白くなる」もNGです。